血中フィブリノゲン
値測定の意義
~フィブリノゲン濃縮製剤の適正使用のために~
監修:
順天堂大学医学部附属浦安病院 産婦人科
教授 牧野 真太郎 先生
学会活動:日本産科婦人科学会代議員 産婦人科ガイドライン産科編作成委員、日本周産期新生児医学会 評議員、日本妊娠高血圧学会理事、日本周産期メンタルヘルス学会理事、SRI member
など
専攻領域:周産期医学
監修医コメント
産後異常出血(PPH:postpartum
hemorrhage)は、依然としてわが国における妊産婦死亡の主たる原因であり、その予測や早期対応については世界中で取り組みが行われている。妊産婦死亡の情報収集や分析が行われ、「産婦人科診療ガイドライン産科編」や「産科危機的出血への対応指針」などが作成されてきた。しかし、PPHの治療については欧米のエビデンスを持ち込んだ部分が多く、それらがわが国の医療体制にマッチするか模索しつつ前進しているのが現状である。近年の主なエビデンスによる変化としては、大量輸血プロトコール(MTP:massive
transfusion protocol)にのっとった赤血球製剤と新鮮凍結血漿(FFP:fresh frozen
plasma)の投与や、フィブリノゲン製剤や同種クリオプレシピテートなどの薬剤・血液製剤の投与、適切な状況での止血処置の実施などがある。
フィブリノゲンは凝固過程の最終ステップ基質であり、止血に必須の因子である。大量出血では最も初期に枯渇しやすい凝固因子であることから、フィブリノゲン製剤/クリオプレシピテートは産科危機的出血に伴う後天性低フィブリノゲン血症に対する有用な選択肢の一つである。
今回は、日本産科婦人科学会が実施した「フィブリノゲン製剤の使用実態調査」の結果が一部公表されたことから、産科危機的出血に伴うフィブリノゲン濃縮製剤の適正使用に関連する情報についてまとめたので、参考にされたい。
産科危機的出血に伴う後天性低フィブリノゲン血症に対するフィブリノゲン製剤の使用実態調査
〇「注意事項等情報」等についてはDI頁をご参照ください。
〇本研究には一部承認外の症例を含みます。本研究が、厚生労働省から通知された本剤の適正使用の方策にのっとり、日本産科婦人科学会が行った調査等に基づく研究のため、承認外の情報が含まれる成績を掲載しました。
日本産科婦人科学会周産期委員会.日産婦誌.2024; 76(6): 652-681.研究概要
患者背景
- 4.効能又は効果(抜粋)
産科危機的出血に伴う後天性低フィブリノゲン血症に対するフィブリノゲンの補充 - 5.効能又は効果に関連する注意(抜粋)
〈後天性低フィブリノゲン血症〉 - 5.2後天性低フィブリノゲン血症とは血中フィブリノゲン値が150mg/dLを下回る状態であることに注意し、本剤投与の適否を判断すること。
- 5.3本剤投与直前の血中フィブリノゲン値を必ず測定し、基本的に血中フィブリノゲン値の測定結果を確認した上で投与を開始すること。
- 5.4本剤投与の適否や投与開始時期の判断にあたっては、関連学会のガイドライン等、最新の情報を参考とすること。
-
6.用法及び用量(抜粋)
〈後天性低フィブリノゲン血症〉
注射用水に溶解し、1回3gを静脈内投与する。投与後に後天性低フィブリノゲン血症が改善されない場合は、同量を追加投与する。 - 7.用法及び用量に関連する注意
〈後天性低フィブリノゲン血症〉 - 7.1出血に伴う後天性低フィブリノゲン血症が改善されない場合における本剤の追加投与の適否は、フィブリノゲン以外の因子の出血への関与の可能性も考慮して慎重に判断し、本剤を漫然と投与しないこと。なお、本剤の追加投与の適否の判断にあたっては、関連学会のガイドライン等、最新の情報を参考とすること。
初回投与時にフィブリノゲン製剤3gを投与された症例に限定して解析を行った。
投与前フィブリノゲン値とフィブリノゲン上昇量の相関(検証的解析結果)
初回投与前のフィブリノゲン値と初回投与前後の差であるフィブリノゲン上昇量(平均:103.3mg/dL)は有意な相関を認めた(p<0.0001:Kruskal-Wallis test)。
初回投与前のフィブリノゲン濃度によるoutcomeの比較(検証的解析結果)
初回投与前のフィブリノゲン値と初回投与前後の差であるフィブリノゲン上昇量(平均:103.3mg/dL)は有意な相関を認めた(p<0.0001:Kruskal-Wallis test)。
安全性
1/627(0.159%)に副作用ありとの回答があった。その内訳は「血栓症」1例であった。
ポイント
これらの調査結果から、初回投与前のフィブリノゲン濃度が高値の(すなわち後天性低フィブリノゲン血症ではない)症例では、期待されるフィブリノゲン濃度の上昇が得られない可能性があることを、適正使用の観点からも認識しておくことが重要である。
産科危機的出血におけるフィブリノゲン濃度早期把握の重要性
フィブリノゲン製剤の投与を行う際、原則として後天性低フィブリノゲン血症であること(血中フィブリノゲン値150mg/dL未満)を確認した上で投与の可否を判断する必要があるが、施設によっては測定結果を得るのに時間を要する場合もある。
近年はドライヘマトロジーやトロンボエラストグラフィーを用いたフィブリノゲン値POCT(point of
caretesting)機器が登場し、10~20分でフィブリノゲン値を測定できるようになっている。これらによるフィブリノゲン測定値は、従来のClauss法の結果と相関する1)。
産科危機的出血症例で後天性低フィブリノゲン血症を迅速に評価することは、早期の母体搬送やFFPやクリオプレシピテート、フィブリノゲン製剤の早期補充につながる可能性がある。
1) Nakamura E, et al. Am J Obstet Gynecol MFM. 2023; 5(1): 100778.
「産科危機的出血への対応指針2022」におけるフィブリノゲン製剤使用の考え方
2021年9月6日に産科危機的出血に伴う後天性低フィブリノゲン血症に対するフィブリノゲン製剤の使用に保険が適用されたことを受け、日本産科婦人科学会及び関連5学会*は、最新版である「産科危機的出血への対応指針2022」を公開した。 *日本産婦人科医会、日本周産期・新生児医学会、日本麻酔科学会、日本輸血・細胞治療学会、日本IVR学会
フィブリノゲン製剤使用に際して
羊水塞栓症、弛緩出血、常位胎盤早期剥離等における産科危機的出血に伴う、後天性低フィブリノゲン血症に対するフィブリノゲンの補充がフィブリノゲン製剤の適応となった。この適応拡大は、フィブリノゲン製剤の投与によって救える患者のために本製剤を用いるという強い意思が根底にあるものである。この適応拡大に際して、関連学会は以下のごとく取り組む。
使用施設
総合・地域周産期母子医療センターおよび大学病院での使用とする。
なお、フィブリノゲン製剤の投与に先だってフィブリノゲン値の測定を行い、また投与後の適切な副作用観察ができる施設での使用に限定する。
使用実態の把握
使用例の全数登録制の導入を行う。
日本産科婦人科学会への届け出を行う。使用例に生じた副作用については日本血液製剤機構に報告する。
使用方法の適切化
適応外の症例に対しては、学会が(患者背景などを)解析し、注意喚起を促す。
投与基準の明確化原則としてフィブリノゲン値が150mg/dL未満であることを確認するまでは新鮮凍結血漿もしくはクリオプレシピテートによる凝固因子の補充が行われる。例外的に、持続する危機的出血で患者の生命に危険を及ぼすと判断される場合には検査結果を待たずにフィブリノゲン製剤の投与を行うことが許容される。
投与基準の明確化
原則としてフィブリノゲン値が150mg/dL未満であることを確認するまでは新鮮凍結血漿もしくはクリオプレシピテートによる凝固因子の補充が行われる。例外的に、持続する危機的出血で患者の生命に危険を及ぼすと判断される場合には検査結果を待たずにフィブリノゲン製剤の投与を行うことが許容される。