自己免疫疾患にまつわる知識・情報UPDATE
Vol.1 自己免疫疾患はなぜ起こる?
増える自己免疫疾患
2023年、英国から自己免疫疾患に関する大規模コホート研究の結果が報告された1)。2000~2019年までの約2,200万人の医療データを基に、19種類の自己免疫疾患の発症率や有病率、併発率などを調べた調査である。20年間で発症率が有意に増加していたのは19疾患中12疾患(図1)。なかでもセリアック病(グルテン過敏性腸症)、シェーグレン症候群、グレーブス病(バセドウ病)は2倍以上、有意にリスクが増加していた。19疾患全体で新規患者数は4%増え、有病率は人口の10.2%であった。さらにこの調査では、疾患によって発症率に社会経済的格差や地域差がみられたものもあり、環境が何らかの影響を及ぼしている可能性も指摘されている。
自己免疫疾患が増えている背景には、診断精度の向上や社会環境、ライフスタイルの変化などさまざまな要因が考えられるが、事はそれほど単純ではない。自己免疫疾患とはどのような疾患で、患者の体の中では一体、何が起こっているのか。まずは免疫のしくみを紐解きながら、自己免疫疾患に迫っていこう。
免疫の過剰反応がもたらす病態
免疫の異常が関わる疾患は数多くあるが、免疫応答の観点からみると、感染症やがんが免疫機能の低下あるいは免疫不全がもたらす病態であるのに対し、アレルギー性疾患や自己免疫疾患は免疫の過剰反応がもたらす病態である(図2)2)。さらに、アレルギー性鼻炎や気管支喘息などのいわゆるアレルギー性疾患では花粉や食品、化学物質などの外来抗原(アレルゲン)に反応を示すのに対し、自己免疫疾患では自己の正常細胞(自己抗原)に反応を示す。いずれも過度の反応を起こせば組織に炎症が起き、臓器や器官に障害を来す。そのため、アレルギーの重症例や自己免疫疾患の治療では免疫抑制剤が使われることも多いが、一方で免疫を抑えることにより、感染症やがんなどのリスクが高まる可能性もある。
本来、免疫は自己に優しい
免疫は本来、病原体や異物などの非自己に対しては攻撃・排除するようにできているが、自己の正常細胞に対しては免疫反応が働かない「免疫寛容(自己寛容)」というしくみが備わっている(図3)3)4)。これはT細胞やB細胞(コラム参照)が成熟する過程や成熟後にみられるしくみである。
たとえばT細胞の場合、前駆細胞が骨髄から一次リンパ組織である胸腺へと送られ、ここで厳しい選抜試験を受ける。生き残ることができるのは、自己の主要組織適合性複合体(MHC)分子(Vol.2「自己と非自己を見分ける力」参照)を正しく認識する細胞で、正しく認識できない細胞は排除される。これを「正の選択」という(図3-①)。さらに正の選択を経ても、自己抗原に強く反応する細胞(自己反応性T細胞)が一定の割合でできてしまうが、これらは「負の選択」により排除される(図3-②)。
ところが、自己抗原にあまり強くなく反応する一部の自己反応性T細胞は、胸腺での選抜をすり抜け、脾臓やリンパ節などの二次リンパ組織へと移動する。これを取り締まるのが「制御性T細胞(Treg)」である(図3-③)。自己反応性T細胞をブロックするしくみはこれだけではない。T細胞が活性化するには、抗原による刺激に加え、もう一つ別の刺激(共刺激)が必要となる。共刺激は、病原体を取り込んだ樹状細胞が細胞表面に出す分子(CD80、CD86など)とT細胞上の分子(CD28)が結合することにより発生する。しかし、樹状細胞が自己抗原を病原体と認識しなければ分子を出さないため、共刺激は発生しない。するとT細胞は麻痺して動けない状態、いわゆる「不応答(anergy)」状態となる(図3-④)。
このほか、T細胞の表面にあるアポトーシスを誘導するたんぱく質(Fas)が、他の細胞のFasリガンドに結合してクローンが「欠失(deletion)」し、自らアポトーシスすることもある(図3-⑤)。
B細胞でも同様に自己反応性B細胞の選択や除去が行われている。このようにさまざまな方法で自己に対して過剰反応しないよう免疫寛容が働いているが、このしくみが何らかのきっかけで破綻して免疫の暴走が起こるのが自己免疫疾患である。
コラム:いまさら聞けない免疫の基礎知識「自然免疫と獲得免疫に関わる免疫細胞」
免疫には、生まれつき備わった「自然免疫」と後天的に培われる「獲得免疫」がある。自然免疫は外部から侵入した病原体や異物などをいち早く認識・排除する免疫システムであり、ほぼ全ての生物が備えている。一方、獲得免疫は自然免疫で対応しきれない場合に時間差で侵入物に特異的に反応し、その情報を記憶して次の侵入に役立てる免疫システムであり、脊椎動物のみが備えている。自己免疫疾患は獲得免疫の異常により起こる疾患であり、その病態にはT細胞とB細胞が深く関わっている(表)3)5)6)。
ただし、T細胞の中にも自然免疫系に関与する細胞(innate T細胞)がある。そのうちの一つであるナチュラルキラーT(NKT)細胞は、Cluster of Differentiation 1d(CD1d)に提示された糖脂質を抗原として認識するウイルス感染細胞や腫瘍細胞を攻撃する細胞傷害性T細胞(CTL)のような働きと、サイトカインを産生してNK細胞やCTLなどを活性化するヘルパーT細胞(Th)のような働きをあわせ持つ。また、腸管や肝臓に多く存在する粘膜関連インバリアントT(MAIT)細胞は、MHC-related 1(MR1)に提示されたビタミン関連分子を認識し、感染症や自己免疫に関与する7)。このほか、一般的なT細胞と異なるタイプの受容体を持つγδ型T細胞は、MHC分子に結合した抗原に限らず多様な抗原を認識し、腫瘍細胞を非特異的に傷害することが知られている。これらのinnate T細胞はいずれもサイトカイン産生能が高く、自然免疫と獲得免疫をつなぐ役割を果たしている。 ※本コンテンツでは特に明示しない限り、T細胞はαβ型T細胞を指す。
- Conrad N, et al. Lancet. 2023; 401: 1878-1890.
- 医療情報科学研究所 編. 病気がみえる vol.6 免疫・謬原病・感染症 第2版. メディックメディア, 2018年9月.
- 西村尚子. 安部良 監修. いちばんやさしい 免疫学. 成美堂出版, 2022年4月.
- 田中稔之. 初めの一歩は絵で学ぶ 免疫学 「わたしの体」をまもる仕組み. じほう, 2016年8月.
- Peter Parham. 平野俊夫, 村上正晃 監訳. エッセンシャル免疫学 第4版. メディカル・サイエンス・インターナショナル, 2023年8月.
- 山下政克 編. 基礎から学ぶ免疫学. 羊土社, 2023年11月.
- Chiba A, et al. Front Immunol. 2018; 9: 1333.