第1回 免疫寛容とは?
順天堂大学 アトピー疾患研究センター長
順天堂大学 医学部・大学院医学研究科 特任教授、名誉教授
奥村 康 先生
東邦大学医学部医学科 生化学講座 教授
順天堂大学大学院医学研究科 免疫学講座 客員教授
中野 裕康 先生
2011年掲載(審J2005077)
順天堂大学 アトピー疾患研究センター長
順天堂大学 医学部・大学院医学研究科 特任教授、名誉教授
奥村 康 先生
東邦大学医学部医学科 生化学講座 教授
順天堂大学大学院医学研究科 免疫学講座 客員教授
中野 裕康 先生
2011年掲載(審J2005077)
ほ乳類は進化の過程でrecombination activation gene (RAG)1/2と呼ばれる遺伝子を利用し、外から侵入してくる異物を排除するために遺伝子組み換えにより膨大な数の異なる種類のT細胞受容体や免疫グロブリン(抗体)を産生することに成功した。しかし、その事は裏を返せばそれら膨大な数のT細胞や抗体の中には自分の細胞やタンパク質(自己抗原)を攻撃するものが出現してくる可能性を秘めている。これを防止するために生体は様々なレベルにおける自己寛容のメカニズムを準備し、自己攻撃性を有するT細胞や自己抗体を産生するB細胞を発達の過程で除去あるいは不応答状態にするという巧妙なメカニズムを樹立してきた。この免疫学的な寛容がなにかのきっかけ(例えばウイルス感染など)で破綻することが自己免疫疾患の発症する原因の一つと考えられている。本レクチャーシリーズでは、自己免疫疾患の病態をよりよく理解する上で必要となる免疫学の基礎知識について、解説して行く予定である。まず第一回目の今回は免疫寛容の成立とその破綻の結果生じる自己免疫疾患の基本的なメカニズムについて概説したい。詳細は「からだを守る免疫のふしぎ」(免疫学会編、羊土社)、「免疫学イラストレイテッド」(南江堂)、「免疫生物学」(南江堂)、「新・膠原病教室」(橋本博史)(新興医学出版社)などを参照されたい。
T細胞や抗体を産生するB細胞内でT細胞受容体や抗体遺伝子の遺伝子組み換えが生じ、膨大な数の異なるT細胞受容体を発現するT細胞やB細胞が生み出される機構については、次回以降の連載で詳細に論述する予定である。本稿ではまず免疫寛容のメカニズムについて概説したい。
免疫寛容のメカニズムとしては大きく二つに分けられ、一つは胸腺における中枢性寛容と末梢性寛容である(図1)。以下、T細胞とB細胞について概説したい。
骨髄から胸腺へと移入してきたT細胞の前駆細胞はそこで分化成熟することになる。遺伝子組み換えにより様々なT細胞受容体を発現するT細胞が産生されるが、自己主要組織適合性遺伝子(MHC)分子とまったく反応しないものは胸腺の皮質で選択(正の選択)されず、死滅することになる。さらに胸腺の髄質では自己MHC+抗原ペプチド(数個のアミノ酸断片)に強い反応(自己反応性)を示すT細胞がアポトーシスにより死滅する(負の選択)という二つのステップを経て成熟したT細胞へと分化していくことになる。それでは、本来胸腺には発現しておらず、ある特定の組織にしか発現していないような抗原(組織限局抗原;例えば膵のラ氏島ベータ細胞のインスリンなど)に対してはどのようなメカニズムで抗原提示が行われるのであろうか?現在では胸腺髄質に存在する胸腺上皮細胞(mTEC)が、AIRE(autoimmune regulator)と呼ばれる核内タンパク質依存性に本来胸腺には存在しない様々な自己抗原(例えばインスリン)の遺伝子発現を誘導し、自己反応性のT細胞の負の選択に関与していることが明らかになってきている。遺伝学的な解析からAire遺伝子の変異により自己免疫疾患の一つであるシェーグレン症候群様の症状が出現することが明らかにされている。しかしながら全ての抗原がmTECで発現するわけではなく、第二の免疫寛容を維持するためのメカニズムとして、末梢性T細胞寛容が必要となってくる。
末梢における寛容に最も重要な役割を果たすのが制御性T細胞であり、この細胞の分化に必須の遺伝子であるFoxp3と呼ばれる転写因子の突然変異により、マウスやヒトで重篤な自己免疫疾患を生後直後から発症することからもその重要性が示されている。制御性T細胞は胸腺内で自然に生じるnTreg細胞と末梢組織においてTGF-β、インターロイキン(IL)-2、レチノイン酸などにより誘導されるiTregの二種類が知られている。制御性T細胞は抑制性のサイトカインであるIL-10やTGF-βなどを産生し、またCTLA-4分子を発現することでCD80やCD86などの補助シグナル分子とCD28分子との会合をブロックし、免疫抑制を行っていると考えられている。
本来生体内には自己抗原に応答するT細胞やB細胞が少なからず存在することが知られているが、これらの細胞は本来反応する抗原の存在する場所から隔離されている場合や(例えば脳血流関門などによる中枢神経系に特異的に発現するタンパク質など)、あるいは抗原の発現量が非常に少ないために十分に活性化されないような状態になっている。
抗原刺激により活性化されたT細胞は細胞表面上に発現してくるFasリガンドなどの分子によりアポトーシスに陥り排除されることが知られている(activation-induced cell death)。この現象の免疫寛容における重要性はFasやFasリガンドに変異を有するマウスや人が自己免疫疾患を発症することから示されている。
T細胞が抗原提示細胞と遭遇し、十分に活性化し増殖やサイトカイン産生するためにT細胞受容体からの信号だけでは不十分と考えられており、CD80やCD86などの補助シグナル分子とT細胞上に発現するCD28分子との会合が必要であると考えられている。逆に補助シグナルが欠如した場合にはT細胞に抗原特異的な不応答性(アナジー)が誘導される。
自己抗体は様々な自己免疫疾患に検出されるものであり、例えば抗アセチルコリンレセプター抗体は重症筋無力症患者において認められるのはよく知られており、この抗体自身が病態の根幹をなしている。しかしながら、一方でSLEなどの膠原病では細胞内分子、核内タンパク質やDNAに対する自己抗体が多く検出されるが、これらの抗体はそれ自身が病気の本質というよりも、むしろ二次的に産生が誘導された自己抗体である可能性が高い。
それではこのような自己抗体産生を防ぐために生体はどのようなメカニズムを働かせているのであろうか?いくつかのメカニズムが考えられているが、一つは骨髄においてB細胞が分化成熟する過程で、自己に反応する抗体を産生するB細胞を除去するという仕組みである。その他には脾臓やリンパ節のT細胞領域おいて自己反応性のB細胞を除去する、あるいは機能的に不活性化する(不応答あるいはアナジー)仕組みであり、自己抗原に出会った場合にそれに反応するB細胞レセプター(膜型免疫グロブリン)に変異を導入し自己に反応しないようなレセプターへと変異させる(レセプターエディティング)仕組みである。またB細胞の抗体産生には一般的にT細胞からのヘルプが必要であることから(T細胞依存性抗原の場合)、T細胞が自己抗原に寛容となっている場合は、その自己抗原に反応するB細胞が存在したとしても、十分な量の自己抗体を産生することはできない。
免疫寛容が破綻するメカニズムとしては、一つは胸腺における自己抗原の発現レベルが低かったために、自己反応性のT細胞の負の選択が不十分であった可能性がある。ウイルスや細菌感染などを契機に自己免疫疾患が一過性あるいは持続的に生じることはよく知られていることである(例えば多発性硬化症、I型の糖尿病、亜急性甲状腺炎など)。そのメカニズムとしては、1)本来隔絶されていた抗原が末梢へと放出され(例えば脳脊髄関門により隔絶されている脳内にしか存在しない抗原など)、それに反応するT細胞が活性化される場合、2)感染に伴い炎症性サイトカインの産生や補助シグナル分子の発現が誘導される場合、また3)菌に存在するスーパー抗原により大多数のT細胞が非特異的に活性化される場合などが考えられる。一方で、ある種の細菌の菌体成分の一部と自己の抗原との間に相同性が存在することも自己寛容の破綻の原因と考えられている。
今回は免疫寛容のメカニズムを解説することで、自己免疫疾患発症を生体がどのような巧妙な仕組みで防御しているかについての基本的なメカニズムを紹介した。次回は免疫学全般について概説する予定である。第3回目以降は別表に示す通り、免疫制御に関して重要な役割を果たす細胞について、個別に解説し、最後にこれらの免疫応答の破綻の結果生じる自己免疫疾患や自己炎症性疾患について概説したい。
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