第2回 免疫とは?
順天堂大学 アトピー疾患研究センター長
順天堂大学 医学部・大学院医学研究科 特任教授、名誉教授
奥村 康 先生
東邦大学医学部医学科 生化学講座 教授
順天堂大学大学院医学研究科 免疫学講座 客員教授
中野 裕康 先生
2011年掲載(審J2005078)
順天堂大学 アトピー疾患研究センター長
順天堂大学 医学部・大学院医学研究科 特任教授、名誉教授
奥村 康 先生
東邦大学医学部医学科 生化学講座 教授
順天堂大学大学院医学研究科 免疫学講座 客員教授
中野 裕康 先生
2011年掲載(審J2005078)
我々の免疫系は、外来から侵入してくるすべての異物に反応できるように巧妙なシステムを進化の過程で構築し発展してきた。本連載では、これらの巧妙な免疫系のシステムについて説明していく予定である。今回は、巧妙に働く我々の免疫系の概略を理解していただくために、1)一次リンパ組織と二次リンパ組織、2)自然免疫応答と獲得免疫応答、3)一次免疫応答と二次免疫応答という観点から概説したい。
リンパ球の産生・分化の起こる組織は一次リンパ組織と呼ばれ、T細胞が成熟分化する胸腺とB細胞が成熟分化する骨髄がそれに該当する(図1)。一方、成熟したリンパ球が免疫反応を行う組織は二次リンパ組織と呼ばれ、扁桃、リンパ節、脾臓、パイエル板などがあげられる。
胸腺は胸骨の裏側に存在し、皮質と髄質から構成される。骨髄から移入してきた多分化能を有する幹細胞は胸腺内の環境で、CD4陰性CD8陰性のDN細胞(ダブルネガテイブ細胞)から、CD4陽性CD8陽性のDP細胞(ダブルポジテイブ細胞)を経て、最終的にはCD4陽性あるいはCD8陽性の成熟したT細胞へと分化し、胸腺を離れ末梢へと移行していく。この過程で、T細胞受容体の遺伝子組み換えが生じ、自己には反応せず、かつ自己のMHCを認識できるT細胞が選択されることになる(詳細は第3回)。
一方骨髄でも多分化能を有する幹細胞からB細胞の分化が誘導され、免疫グロブリンを構成する重鎖および軽鎖の遺伝子組み換えが生じ、成熟したB細胞が生成される。この過程で自己抗原に反応するB細胞受容体(膜型の免疫グロブリン)を細胞表面に発現するB細胞はアポトーシスにより排除されることになる。まだ抗原に出会ったことのないナイーブなB細胞は骨髄から末梢へと移動し、主に脾臓やリンパ節などの一次リンパ濾胞内に存在している。
二次リンパ組織であるリンパ節や脾臓は成熟したT細胞やB細胞が免疫応答を行う場所である。リンパ節や脾臓には一次リンパ濾胞という構造(ナーブなB細胞に富む領域)があり、その近傍にT細胞領域が存在する。B細胞受容体を介して抗原を取り込んだB細胞は、活発に増殖し二次リンパ濾胞を形成する。
我々の持つ生体防御系は二つに大きく分けられる。一つは、マクロファージ、樹状細胞、好中球、NK細胞等が担う自然免疫系であり、他の一つはT細胞やB細胞が中心的な役割を果たす獲得免疫系である。自然免疫応答は感染後数時間という短い時間で発動される(図2)。中心的な役割を果たすマクロファージや樹状細胞などの細胞表面(一部はエンドソーム)には、細菌の菌体成分やウイルス由来のDNAやRNA(これらはpathogen-associated molecular pattern(PAMP)sと総称される)などを認識できるToll様受容体(TLR)が発現している。注意していただきたい点は、理論的にはすべての抗原を認識できるように遺伝子組み換えにより膨大な数が用意されているTCRやBCRに比較し、TLRの認識できるリガンドの数は200個にも満たないという点である。TLRを発現しているマクロファージや樹状細胞などは、リガンドと遭遇することで速やかに炎症性サイトカイン、ケモカインやインターフェロンなどを産生し、血液中から好中球などを炎症局所へとリクルートし、病原体を排除する方向に働く。病巣局所ではこのように自然免疫応答が活発に行われているが、獲得免疫応答に中心的な役割を果たすT細胞は、どのように活性化されるのであろうか?そのメカニズムは以下のように考えられている。まず、細菌やウイルスを取り込み活性化された樹状細胞は、リンパ管を通って所属リンパ節(簡単に言うと病巣から一番近いリンパ組織)へと移動して行き、そこでまだ抗原と遭遇したことのないナイーブなT細胞へ抗原提示を行い(図3)、その結果抗原特異的なT細胞が活性化され、獲得免疫系が発動されることになる。このように樹状細胞は、自然免疫応答と獲得免疫応答の橋渡しをする細胞として重要な役割を果たしている。
獲得免疫系は、自然免疫系と異なり、その発動までに数日から数週間という時間がかかる。獲得免疫系は抗原特異的な反応であり、その中心を担うのはT細胞やB細胞である。T細胞はT細胞受容体、B細胞はB細胞受容体(膜型の免疫グロブリン)を細胞表面に発現し抗原を認識するが、外来から侵入してくる膨大な異物のすべてに対応するために、T細胞受容体遺伝子および免疫グロブリン遺伝子の遺伝子組み換えにより、膨大な数のT細胞受容体や免疫グロブリン遺伝子を生み出すことに成功した(この詳細は3回目と6回目のレクチャーで説明する予定)。樹状細胞から抗原を提示されたCD4陽性ヘルパーT細胞はIL-4やIFNγなどのサイトカインを産生するようになる。一方CD8陽性キラーT細胞も樹状細胞により活性化され、ウイルスなどに感染した細胞をパーフォリン、グランザイム、Fasリガンドなどの分子を介してアポトーシスを誘導し、排除する。一方で、主に流血中に存在する可溶性抗原により活性化されたB細胞は、同一抗原を認識するCD4陽性ヘルパーT細胞に遭遇することで、T細胞からのヘルプを受け取り、クラススイッチや免疫グロブリン遺伝子の突然変異が誘導され、より抗原に対する親和性の高いB細胞受容体を発現するB細胞が選択されることになる(Affinity maturation)(図4)。活性化されたB細胞は寿命の短く抗体産生に特化した形質細胞と、長期間にわたり存続する記憶B細胞へと分化していく。
また自然免疫系はショウジョウバエなどの下等な生物にも存在しており、免疫学的な記憶を持たないという特徴がある。言い換えれば、ある細菌が最初に感染しておこる免疫応答と、同じ菌が再度感染した場合に起こる免疫応答は同じ応答しか誘導できない。寿命の短いショウジョウバエではこれで十分かもしれない。一方で、獲得免疫系は、一度外来から侵入してきた異物が、再度侵入して来た場合には速やかにかつ効率良く免疫系を発動させることが知られており、これは免疫学的記憶と呼ばれている(次項参照)。
一次免疫応答と二次免疫応答の違いは、獲得免疫系に記憶があるということを考えれば、非常にうまく説明できる。例えば、図5は特定の異物(例えば細菌など)が体内に侵入した場合の、その異物に対する血中の抗体価の経時的な推移を示した模式図である。一度も抗原に出会ったことのないナイーブなB細胞は細胞表面にB細胞受容体(膜型のIgM分子)を発現しており、B細胞が反応する抗原に遭遇した場合には、まずIgM型の抗体が産生され、血中でIgM型の免疫グロブリンが検出される。ところが、しばらくすると抗原により活性化されたB細胞と同一抗原を認識するT細胞との相互作用により、クラススイッチが誘導され、B細胞は形質細胞へと分化しIgG、IgA、IgEなどの免疫グロブリンが産生されてくる。抗原の暴露が一過性であれば、これらの産生された抗体は3週間もすれば血中ではかなり減少してくることになる。重要なのは、再度同じ抗原に暴露された場合であり、この場合には最初の反応(一次免疫応答)とは異なり早期にかつ大量のIgGなどの抗体が産生されることになる(二次免疫応答)。このメカニズムは現在次のように考えられている。初回の免疫応答時に抗原に感作され活性化したB細胞は、抗体産生に特化した寿命の短い形質細胞へと分化するだけでなく、記憶B細胞となり長期間(数年から数十年)にわたり存在し、同一抗原が再度生体に侵入してきた場合には、速やかに反応し大量の抗体を産生できるからである。
この原理を応用したものがワクチン接種による細菌感染やウイルス感染の予防法の確立である。まず弱毒あるいは不活化した細菌あるいはウイルス(あるいは細菌の産生する毒素やウイルス抗原の一部)を前もって免疫することにより、これらの細菌やウイルスに対する免疫応答を誘導しておく。その後これらのウイルスや細菌に感染した場合には速やかに免疫応答が惹起され(二次免疫応答)、感染しても速やかに病原体が排除されるため発病を予防することが可能となる。しかしながら、仮に我々の獲得免疫系が免疫学的な記憶という機構を備えていなかったと仮定するならば、このようなワクチン接種という行為自体が意味をもたなくなってくる。この現象一つをとっても我々の免疫系がいかに巧妙なシステムを構築してきたがわかると思われる。
次回は、各論に移り、T細胞の成熟・分化について説明する予定である。
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