第3回 胸腺におけるT細胞分化
順天堂大学 アトピー疾患研究センター長
順天堂大学 医学部・大学院医学研究科 特任教授、名誉教授
奥村 康 先生
東邦大学医学部医学科 生化学講座 教授
順天堂大学大学院医学研究科 免疫学講座 客員教授
中野 裕康 先生
2011年掲載(審J2005079)
順天堂大学 アトピー疾患研究センター長
順天堂大学 医学部・大学院医学研究科 特任教授、名誉教授
奥村 康 先生
東邦大学医学部医学科 生化学講座 教授
順天堂大学大学院医学研究科 免疫学講座 客員教授
中野 裕康 先生
2011年掲載(審J2005079)
胸腺は胸骨の裏側で心臓の上に位置し、T細胞が分化成熟するために必須の臓器である。骨髄から移入してきた多分化能を有する幹細胞は胸腺内の微小環境で成熟し、T細胞へと分化をとげ最終的には末梢へと出ていき、二次リンパ組織や炎症の局所において機能を発揮する。胸腺内におけるT細胞分化の過程で生じる重要な現象は、1)T細胞受容体遺伝子の再編成、2)自己MHCを認識するTCRを発現するT細胞の選択(正の選択)、3)自己抗原を認識するTCRを発現するT細胞の除去(負の選択)、4)CD4およびCD8の発現である。
成熟したT細胞は遺伝子再編成に成功したα鎖とβ鎖(一部の細胞はγ鎖とδ鎖)の二種類の遺伝子産物が二量体を形成し、細胞表面に発現している(T細胞受容体:TCR)(図1)。
このTCRを介して抗原提示細胞上のMHC(組織適合複合体)(後述)分子上に提示された抗原を認識する。抗原を認識したT細胞は活性化し、様々な機能(例えば細胞増殖、サイトカイン産生、細胞傷害活性など)を発揮する。同時にT細胞表面には抗原を認識する時のコレセプターであるCD4分子あるいはCD8分子を発現している。最も重要な点は、外界から侵入してくるウイルスや細菌などに由来する抗原に対して特異的に反応するために、我々の体はそれらすべてのものに対して反応できる異なる種類のTCRを準備できるような巧妙なシステムを進化の過程で獲得してきたという点である。そのために、我々の体はTCRを構成するα鎖やβ鎖の遺伝子を、あらかじめ一つの遺伝子として染色体上に準備せず、それらをいくつかの遺伝子断片として染色体上に配置し、それら遺伝子断片をまったくランダムに組み合わせることにより1種類のTCR遺伝子を作るように進化してきた(遺伝子再編成)。例えば1000種類の異なるTCRを作るために、1000種類の異なる遺伝子をあらかじめ染色体上に準備しておく方法に比べ、この遺伝子組み換えの方法(例えばマウスTCRβ鎖の場合にはV断片、D断片、J断片、Cβ断片の4種類の遺伝子の組み合わせになる)は、50x2x12x1個の組み合わせの遺伝子(つまり65個)で、1200種類の異なる遺伝子を理論的には作成できることになり、非常に効率がいい。この遺伝子再編成にはRAG(recombination activating gene)1およびRAG2と呼ばれる二つの遺伝子が必要であるが、この二つの遺伝子は染色体上で非常に近傍に存在しており(種により異なるものの3~15kb程度)、一つの大きなエキソンが全長のタンパク質をコードするというきわめてユニークな特徴を有している。さらに興味深い点は、進化的にRAG1/2遺伝子は、軟骨魚類以降に突然認められるようになること、およびトランスポザーセの活性を有する事から、RAG1/2遺伝子は本来我々の持っていた遺伝子ではなく、4~5億年前に外界から侵入してきたトランスポゾン由来の遺伝子であると考えられている。
胸腺内おけるT細胞の分化のステップは、細胞表面上のCD4およびCD8分子の発現によりCD4-CD8-(DN)期、CD4+CD8+(DP)期、CD4SPあるいはCD8SP期におおまかに区別することができ、左から右へと向かうにつれ成熟していくことになる(図2)。
TCRを構成するα鎖とβ鎖の胸腺細胞での細胞表面への発現は同時に起こるわけではなく、発現には時期的なずれがある。DN期にある胸腺細胞内で、まず二本ある染色体の片側の染色体でβ鎖の遺伝子再編成が生じ、再編成に成功したβ鎖(β鎖選択)はプレTCRα鎖という分子と二量体を形成し細胞表面に発現し、DP期へと移行していく。β鎖は片側の染色体でβ鎖遺伝子の再編成が生じると、もう一方の染色体のβ鎖の遺伝子の再編成が抑制され(対立遺伝子排除)、一種類のβ鎖しか一つの細胞には発現していない。次にα鎖の遺伝子再編成が生じ、うまく再編成が生じたものが細胞表面にαβ鎖を発現する(図3)。
α鎖遺伝子の再編成はβ鎖と異なり、同時に両側の染色体上でおこり、生産的なα鎖の遺伝子再編成が生じ、その結果として正の選択(後述)がおこるまで継続する(うまく再編成が生じなかったものは死滅する)。このことは異なる二種類のα鎖が一種類の細胞に発現できることになる。T細胞受容体の遺伝子再編成に成功した胸腺細胞は次に、正の選択と負の選択と言う試練をくぐらなくてはならない。
DP期においてうまくαβ鎖を発現できたT細胞は、まったく何の制限も受けずにランダムな遺伝子再編成によりTCRを作ってしまったために、その中には自己由来成分に対して反応するものや、自己のMHC(major histocompatibility complex;TCRはMHC上に提示された抗原(タンパク質の一部)とともに自己のMHC分子を認識する必要がある)を認識できない不要のTCRを持ったT細胞も存在している。そこで胸腺の皮質では、皮質上皮細胞(cTEC)などの抗原提示細胞に提示されたMHC/ペプチド複合体とDP細胞上のTCRとの反応性の違いにより、正の選択によるCD4SP細胞やCD8SP細胞への分化が誘導される。また皮質おいても負の選択により自己反応性細胞の除去が行われる。簡単に言うと弱いシグナルが導入されると正の選択が誘導され、強いシグナルが誘導されると負の選択(後述)が誘導される。
正の選択を受けたSP細胞は次に髄質へと移動するが、ここでSP細胞はまた負の選択を受けることになる。それでは負の選択が、自己の抗原に対して反応するT細胞を除去するメカニズムであり、その負の選択は胸腺でしか起こらないと仮定するならば、胸腺以外のある特定の組織にしか発現しないような抗原(例えば膵ラ氏島にしか存在しないインスリンなどの組織特異的なタンパク質)の場合には、どのようなメカニズムによりそれら組織特異抗原に対して反応するT細胞の除去が行われるのであろうか?それについては、生体は以下のような非常に巧妙な仕組みを準備している。髄質上皮細胞(mTEC)は500種類以上もの組織特異的自己抗原(TSAs)(これは全体のTSAsの約30%を占める)を発現することが可能であり、これらの抗原に反応するT細胞を胸腺内で除去することができるからである。TSAsの発現がmTECで見られるのはAIREと呼ばれる核内因子により制御されており、この遺伝子を先天的に欠損したヒトやマウスでは、一部の抗原に対する負の選択がうまくいかなくなり、自己免疫疾患が発症することが明らかにされている。この負の選択にはmTECだけでなく、骨髄由来の樹状細胞やマクロファージも関与する。一方で、髄質においては末梢で自己反応性T細胞の働きを抑制する制御性T細胞の産生にも関与することが示唆されている。以上のような様々なステップを経て、最終的に成熟したT細胞となり末梢へ出て行き、その機能を発揮する。
T細胞の胸腺における分化成熟過程は、まず最初に無制限に膨大な異なる種類のTCRを発現する胸腺細胞を生産し、その後に個体にとって都合のいいTCRを発現する胸腺細胞を選択(正の選択)し、都合の悪いものを排除(負の選択)するというきわめて合目的的に進化してきたと考えられる。免疫グロブリン遺伝子やT細胞受容体遺伝子の再編成にはRAG1/RAG2という二つの遺伝子産物が必須である。この二つの遺伝子は我々の遠い祖先が本来持っていたものではなく、たまたま外から入ってきたトランスポゾン由来の遺伝子であるという事実は、進化の偶然性と、さらにはそれをうまく利用してきた我々の祖先の「したたかさ」をしみじみと感じさせる。次回は、抗原提示に必須のMHC分子による抗原提示のメカニズムついて解説する予定である。
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