第11回 単一遺伝子変異による自己免疫疾患
順天堂大学大学院医学研究科 免疫学講座 特任教授
アトピー疾患研究センターセンター長
奥村 康 先生
東邦大学医学部医学科 生化学講座 教授
順天堂大学大学院医学研究科 免疫学講座 客員教授
中野 裕康 先生
2016年7月掲載(審J2005087)
順天堂大学大学院医学研究科 免疫学講座 特任教授
アトピー疾患研究センターセンター長
奥村 康 先生
東邦大学医学部医学科 生化学講座 教授
順天堂大学大学院医学研究科 免疫学講座 客員教授
中野 裕康 先生
2016年7月掲載(審J2005087)
自然免疫系の過剰な反応の結果生じる病気が自己炎症性疾患ならば、自己免疫疾患は獲得免疫系の異常の結果引き起こされる疾患である。何度も繰り返してきたように我々の体の中には非常に巧妙に自己に反応するT細胞やB細胞を除去あるいは、不活性化する機構が備わっている。しかしこの機構が部分的に破綻し、自分の体の中にあるタンパク質やDNA、あるいは細胞などを攻撃するような反応が起こった結果生じる疾患が自己免疫疾患であり、systemic lupus erythematosus (SLE)やSjogren症候群など様々な疾患が存在する。自己免疫疾患の多くは単一の遺伝子変異により生じるわけではなく、多くの遺伝子の多型の積み重ねや環境要因などにより発症すると考えられていることから(1)、それらの疾患の根底にあるメカニズムを明らかにすることは容易ではない。
本稿では単一遺伝子の変異の結果生じる自己免疫疾患に焦点を絞り概説したい。胸腺における負の選択に中心的な役割を果たすことが明らかにされているAutoimmune Regulator (AIRE)という遺伝子、末梢においてT細胞の機能を抑制することで免疫を負に制御している制御性T細胞の分化成熟に必須の転写因子FOXP3、細胞にアポトーシスを誘導することで有名なFASやそのリガンドであるFAS リガンド、あるいはその下流で働くカスパーゼ8やカスパーゼ10の変異により発症する自己免疫疾患を中心に概説する。
APECED (autoimmune polyendocrinopathy-candidiasis-ectodermal dystrophy)あるいはAutoimmune polyglandular syndrome type I (APS 1)と呼ばれる疾患はフィンランド人やサルジニア諸島の住人に発症する稀な常染色体劣性遺伝性疾患として知られていたが、AIRE遺伝子の変異により生じることがその後の解析により明らかにされた(2,3)。症状としては慢性に経過する皮膚粘膜カンジダ症、副甲状腺機能低下症、アジソン病などを呈する。その他にも症例によっては早発閉経、甲状腺機能低下症、悪性貧血などを合併することもある。病理学的には様々な臓器にリンパ球浸潤が認められ、自己抗体の産生も認められる。多彩な症状の背景には、個人により出現してくる自己抗体の違いがあり、そのメカニズムの根底には主要組織適合遺伝子複合体(Major histocompatibility complex; MHC)の違いがあると考えられる。
それでは自己に反応する抗体はなぜ出現するのであろうか?それを理解するためには、復習になるがなぜ自己に反応するT細胞が胸腺で排除されるかのメカニズムを再度思い出す必要がある。胸腺では自己反応性T細胞を排除するしくみが存在し、負の選択と呼ばれている。その本質は自己の抗原を提示した抗原提示細胞(胸腺では主に髄質に存在するmTECとよばれる胸腺上皮細胞)とT細胞が相互作用することで、自己抗原を認識するT細胞はアポトーシスで死滅することである。胸腺で発現する抗原や全身の細胞で発現する抗原については、このメカニズムで十分だと考えられる。しかし、ここで問題になってくるのが、胸腺以外のある特定の組織でしか発現しないような抗原(例えば膵ラ氏島にしか存在しないインスリンなどの組織特異的なタンパク質)の場合には、どのようなメカニズムにより組織特異抗原(TSA)に対して反応するT細胞の除去が行われるのであろうか?それについては、以下のような非常に巧妙な仕組みが我々の体の中には準備されている。驚くべきことにmTECは数百種類以上ものTSAを発現することが可能であり、これらの抗原に反応するT細胞を胸腺内で除去することができるからである。mTECでTSAの発現に関与するのがAPECEDの原因遺伝子として同定されたのがAIRE遺伝子である。AIREは主にmTECで発現する核内タンパク質であり、核内でdot状の構造を形成する(4,5)。AIREがどのようにして数百種類ものTSAの発現に関与するかのメカニズムは明確には解明されていない。AIREは非常に大きな核内複合体を形成しており、単なる転写因子として働いているというよりも、クロマチンの構造を変えることにより、TSAの発現に関与する可能性が指摘されている。しかしながら、AIRE非依存性に発現するTSAの存在も明らかにされており、それらの遺伝子発現には最近高柳らの同定したFezf2とよばれる遺伝子が関与している可能性があり、ヒトの自己免疫疾患との関連に興味がもたれる(6)。
一方で免疫寛容には、胸腺で行われる中枢性寛容と末梢性寛容の二つが存在する。Aire欠損マウスでは予想以上にマイルドな表現型しか呈さないという事、後述するように末梢性の寛容に働く制御性T細胞の欠損は非常に重篤な自己免疫疾患を早期に発症することを考えると、中枢性寛容が破綻しても、末梢性寛容によるバックアップ機能が働いていれば、自己免疫病態は比較的軽くてすむのかもしれない。また最近の研究から性ホルモンのアンドロゲンはAIRE遺伝子の発現を上昇させるのに対して(7)、エストロゲンはAIRE遺伝子の発現を低下させるという報告がなされた(8)。一般的に自己免疫疾患は女性に多い病気とされており、その原因がAIRE遺伝子の発現レベルによる可能性を示した非常に興味深い報告と考えられる。
FOXP3遺伝子によりヒトにおいてIPEXとよばれる非常に重篤な自己免疫疾患が発症することが明らかにされるかなり以前(1949年)から、伴性劣性に遺伝する自己免疫疾患マウスとしてScurfyマウスの存在が知られていた(9)。その後の解析からこのマウスの責任遺伝子がX染色体に存在するFoxp3と呼ばれる核内タンパク質をコードする遺伝子でありことが明らかになった。一方で全く独立して坂口らは胸腺内に存在しCD25と呼ばれるIL-2に対する低親和性受容体を発現するCD4陽性T細胞(その後制御性T細胞またはTreg細胞と命名された)が、通常のT細胞の増殖を強く抑制するという現象を見出していた(7)。その後の研究から、Treg細胞の分化や抑制性の機能発現にはFoxp3が必須であることが明らかにされ、Treg細胞が世界的な注目を集めることになった。余談に成るが、この細胞の概念はすでに何十年も前に報告され、かつ一時期盛んに研究されていたサプレッサーT (Tsup)細胞と非常に類似しているものであった。サプレッサーT細胞とは、1970〜1980年代に日本も含めて全世界的精力的に研究されていたものの、その後忘れられてしまった細胞集団である。詳細は2008年のGermainの総説を参照されたい(10)。
末梢性免疫寛容に関与するTreg細胞には胸腺由来のthymus-derived Treg (tTreg)と、末梢組織において誘導されたperipherally derived Treg (pTreg)細胞と、in vitroで誘導したin vitro-induced Treg (iTreg)細胞の3種類の存在が知られており、いずれの細胞も細胞表面にCD25分子、CD4分子を発現したFoxp3陽性の細胞集団である。T細胞受容体(TCR)を介して抗原を認識して反応し、抗原特異的な免疫抑制機能を発揮する。抑制のメカニズムにつては、❶IL-2を自己自身では産生せず大量に消費することで通常のCD4陽性 T細胞の増殖を抑制する、❷IL-10やTGFβなどの免疫抑制性のサイトカインを産生する、❸CTLA4を発現し、この分子が補助シグナル分子CD28のリガンドであるCD80やCD86などの分子と非常に高い親和性で会合することで、CD28を介する補助シグナルを抑制するなどが考えられている(11)。これまでの研究からマウスとヒトのTreg細胞は幾つかの相違点があることが明らかになっており、それらも含めてTreg細胞の詳細と自己免疫疾患における役割については、次回の総説で解説したい。
現在iTreg細胞を大量に増やして、自己免疫疾患の治療に応用しようという試みも実験的に行われており、今後に期待がもたれる(12)。また本田らは正常に存在する腸内細菌叢のなかで特定の17種類のクロストリジウム属のバクテリアをgerm free(無菌)マウスに投与することより小腸におけるTreg細胞の数を増やすことに成功している(13)。現在炎症性腸疾患の患者を治療するための一つの方法としてこれらの善玉腸内細菌の投与も試みられている。
末梢性免疫寛容の維持にはTreg細胞だけではなく、細胞にアポトーシスを誘導する受容体/リガンドとして有名なFas受容体/Fasリガンド(FasL)系も必要である。中枢性免疫寛容をまぬがれた自己反応性T細胞は末梢においてFas/FasL系の働きにより排除される(図1)。さらに活性化したT細胞が再度抗原刺激を受けてアポトーシスにより死ぬ現象をactivation-induced cell deathと言われ、古くから知られていたが、このアポトーシスに関与するのもFas/FasL系である。
Autoimmune lymphoproliferative syndrome (ALPS)は、自己免疫症状、全身のリンパ節腫大、脾腫、CD3+CD4-CD8-のダブルネガテイブ(DN)T細胞の末梢血中での増加が認められる疾患であり、1967年にCanaleとSmithにより報告された(14,15)。一方でlpr, lprcgやgldとよばれこれとよく似た症状を呈する自然変異マウスが報告されており、長田らの解析からFasの機能欠失型変異や発現消失がそれぞれlprとlprcgマウスの原因であることが明らかにされた。さらにその後の解析からFasLの変異がgldの原因であることも明らかにされた。これらのマウスに見られる変異はいずれも常染色体劣性遺伝子変異であった。一方でALPSの原因疾患の変異もFAS/FASL遺伝子の変異であることが予測された。最も頻度の高い変異はFAS遺伝子の変異であるが、二つのアリルに変異を生じているケースや(機能欠失型変異)、片側のアリルにのみ変異が存在しドミナントネガテイブに働いている場合など疾患の重症度は様々である。非常に少ないもののFASLの変異を持った患者も存在し、アポトーシスを誘導するために必要な下流のカスパーゼであるカスパーゼ8やカスパーゼ10(カスパーゼ10はマウスには存在せず、ヒトにしか存在しない)の変異の結果生じることも報告されている。
単一遺伝子変異により生じる自己免疫疾患のメカニズムの解明は、分子レベルで飛躍的な進歩を遂げてきた。今後はこの知見をもとに多因子遺伝子の結果生じている非遺伝性の自己免疫疾患の原因や、治療法の開発につながることが期待される。
参考文献
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2. | Nagamine, K., Peterson, P., Scott, H. S., Kudoh, J., Minoshima, S., Heino, M., Krohn, K. J., Lalioti, M. D., Mullis, P. E., Antonarakis, S. E., Kawasaki, K., Asakawa, S., Ito, F., and Shimizu, N. (1997) Positional cloning of the APECED gene. Nat Genet 17, 393-398. 10.1038/ng1297-393 |
3. | Finnish-German, A. C. (1997) An autoimmune disease, APECED, caused by mutations in a novel gene featuring two PHD-type zinc-finger domains. Nat Genet 17, 399-403. 10.1038/ng1297-399 |
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6. | Takaba, H., Morishita, Y., Tomofuji, Y., Danks, L., Nitta, T., Komatsu, N., Kodama, T., and Takayanagi, H. (2015) Fezf2 Orchestrates a Thymic Program of Self-Antigen Expression for Immune Tolerance. Cell 163, 975-987. 10.1016/j.cell.2015.10.013 |
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11. | Morikawa, H., and Sakaguchi, S. (2014) Genetic and epigenetic basis of Treg cell development and function: from a FoxP3-centered view to an epigenome-defined view of natural Treg cells. Immunol Rev 259, 192-205. 10.1111/imr.12174 |
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13. | Atarashi, K., Tanoue, T., Oshima, K., Suda, W., Nagano, Y., Nishikawa, H., Fukuda, S., Saito, T., Narushima, S., Hase, K., Kim, S., Fritz, J. V., Wilmes, P., Ueha, S., Matsushima, K., Ohno, H., Olle, B., Sakaguchi, S., Taniguchi, T., Morita, H., Hattori, M., and Honda, K. (2013) Treg induction by a rationally selected mixture of Clostridia strains from the human microbiota. Nature 500, 232-236. 10.1038/nature12331 |
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15. | Rieux-Laucat, F., Le Deist, F., and Fischer, A. (2003) Autoimmune lymphoproliferative syndromes: genetic defects of apoptosis pathways. Cell Death Differ 10, 124-133. 10.1038/sj.cdd.4401190 |
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