神経筋接合部を標的とする自己抗体により刺激伝達が阻害され発症する自己免疫疾患「重症筋無力症
-MG-」。
その患者数は年々増加しており、治療の選択肢も多様化している。
今回、MGの専門医の先生方に歴史から治療まで分かりやすく、シリーズにて各項を解説いただく。
MG Insight
重症筋無力症の歴史
2024年9月掲載
(審J2407095)
教授(代表)村井 弘之 先生
【所属学会等】 日本神経学会、日本内科学会、日本脳卒中学会、日本認知症学会、日本頭痛学会、日本神経免疫学会、日本神経治療学会、日本神経感染症学会、日本ボツリヌス治療学会、日本末梢神経学会、American Academy of Neurology(corresponding member)
【学会関連】 日本神経学会 免疫性神経疾患セクション セクションコア・メンバー、日本神経学会 ガイドライン統括委員会委員、日本神経免疫学会 英文誌編集委員長、MGFA Task Force on MG Treatment Guidelinesメンバー(MG国際ガイドライン)、日本神経学会 重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン作成委員会委員長
【出版関連】 Editor-in-Chief, Clinical and Experimental Neuroimmunology
重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)は、神経筋疾患のなかでも最も頻度の高い自己免疫疾患として知られる。病名にある「重症」は、かつて治療法が確立していなかった時代に、MGが致死率の高い疾患であった名残だ。時代の経過とともにMGの病態解明が進んで治療選択肢が増え、現在ではMGによる死亡率は2%未満へと減少した1)。
最古の報告は17世紀
MGに関する最も古い報告は、17世紀にみられる。1672年にWillisは、その著書『De Anima
Brutorum』2)で紹介した複数の臨床研究のなかで、長年にわたって四肢や舌の麻痺が続いている女性の症例に言及している。この症例は、話し始めは自在に話すことができるものの、長時間話し続けることが難しく、ついには一言も話せなくなり、1~2時間は声が元に戻らなかったという。現在ではWillisが報告したこの症例はMGだろうと考えられている3)。
17世紀前半に生きたネイティブアメリカンで、イングランドの侵攻に立ち向かったことで知られ、若いころは強靭な肉体を誇っていたという酋長のOpechankanoughは晩年、歩行も困難なほどの重度の脱力があり、移動には篭に乗せて運んでもらう必要があったという。この脱力は休息することで改善したという逸話や、瞼が垂れ下がって介助者が瞼を持ち上げなければ物が見えないほどだったと伝えられ、その様子から、Opechankanough
はMGを発症していたのではないかと考えられている4)。
19世紀後半、myasthenia gravisと命名
最古の症例報告から200年を経た19世紀後半になって、呼吸麻痺による死亡例で、延髄や脳幹に異常が認められないケースの報告が散見されるようになった。1877年、Wilksは球麻痺と考えられる疾患から呼吸麻痺で死亡した患者について、その延髄には肉眼的にも顕微鏡的にも異常が認められなかったことを報告した5,6)。1879年にはErbが複数の症例を報告し、共通する特徴として、複視を伴う眼瞼下垂、嚥下障害、頸部の脱力がしばしばみられることや、これらの症状が寛解と再発を繰り返しながら経過することを挙げた7,8)。
1887年にはEisenlohrが、進行性外眼筋麻痺と球麻痺の患者について、剖検で精査したものの脳幹に病理所見を認めなかったことを報告している6,9)。
Jollyは1895年に発表した2人の少年に関する報告において、同じ随意筋への反復刺激によって、それ以外の筋肉も弱くなっていくことを発見し、この疾患を“myasthenia gravis
pseudoparalytica”(重症筋無力症偽性麻痺)と呼んだ10)。その4年後の1899年に、ベルリン精神神経学会によって、”myasthenia
gravis”という用語が正式採用された。
20世紀前半、神経筋接合部の理解が進展
胸腺摘除術が初めて施行されたのは1911年のことである。Sauerbruchが筋無力症を合併したバセドウ病の患者に対して胸腺摘除を行ったことがSchumacherとRothによって報告された11)。1939年にはBlalockが、胸腺異常とMGに関してそれまでに報告された文献をレビューし、MG患者に対する胸腺摘除術の有用性を指摘12)。以降、MGに対する胸腺摘除術が普及した13)。
1930年代には、神経筋接合部に関する理解にも進展がみられるようになる。1934年、Walkerはクラーレ(矢毒)中毒の解毒に使われていたコリンエステラーゼ阻害薬をMGの治療に初めて使用したところ、筋力回復に有効であったことを報告した14)。1936年には、Daleによって神経筋接合部においてアセチルコリン(Ach)が重要な役割を果たしていることが報告された15)。
1950年代には電子顕微鏡の普及に伴い、神経終末にある細胞内の構造を視覚的に捉えられるようになった。これにより、筋肉終板の機能評価が可能となった6)。1952年にはFattらが、神経伝達物質の放出に関連する微小終板電位の存在を報告し16)、1964年になってElmqvistらが、MG患者では微小終板電位の振幅が通常の1/5に低下していることから、MGでは運動神経終末から放出される伝達物質に含まれるAchの量が不足していると結論付けた17)。
20世紀後半、MGの病態解明へ
1958年にSmithersは、MGが自己免疫調節不全から起こる可能性を示唆し6,18)、1960年にはSimpsonが、MGが運動終板のタンパク質を標的とする抗体によって引き起こされる自己免疫疾患であるとする仮説を提唱した3,19)。このなかでSimpsonは、運動終板のタンパク質に対する自己抗体によって、MG患者の神経シグナル伝達が阻害されている可能性を示唆した6,19)。
1962年には、ChangとLeeによって、ヘビ毒のα-ブンガロトキシンが神経筋の伝達を遮断し、神経筋接合部に特異的に結合することが、マウスを用いた実験で確認され3,20)、1971年になってα-ブンガロトキシンがAchと競合的にAch受容体(AChR)へ結合すること、結合相手のAChRがタンパク質であることが明らかになる3,21)。これによって、MGが自己免疫疾患であるという疾患概念が確立した。Fambroughらは1973年、125Iで標識したα-ブンガロトキシンを用いてMG患者のAChR数を測定し、通常に比べてAChR数が減少していることを明らかにした22)。
またこの年、PatrickとLindstromによって、AChRをウサギに投与することで実験的にMGの病態を作り出すことに成功、この病態がコリンエステラーゼ阻害薬によって治療可能であることを報告した23)。1975年には、ToykaらがMG患者の免疫グロブリンGをマウスに投与することで、微小終板電位の振幅減少と神経筋接合のAChR数減少というMGの病態を再現することに成功した24)。こうしたモデル動物作製手法が、MG研究の進展を後押しすることになった。
治療選択肢が広がった21世紀
MGが自己免疫疾患であることが明らかになったことで、1970年代後半からMGの治療にステロイドが使用されるようになり、1980年代にはステロイドを大量かつ長期にわたって使用する治療が行われるようになった25)。1980年代半ばには、免疫グロブリンの静脈内投与が症状改善に有効であることが報告され6,26,27)、日本では2011年に免疫グロブリンによる治療が保険適用を取得している。免疫抑制薬では、2000年にはタクロリムスが、2006年にはシクロスポリンが胸腺摘除術施行後でステロイド抵抗性のMGに対して保険適用を取得。タクロリムスは2009年にはすべてのMGへと適応拡大した。
ステロイドによる治療については、2014年に投与量によって患者のQOLへの影響が懸念されること28)が、2015年に高用量のステロイド使用やステロイド治療の長期化がよい転帰を保証するものではないこと29)が明らかになり、ステロイド不応例に対しては、免疫抑制薬や血液浄化療法、免疫グロブリンによる治療を併用し、ステロイドの投与は極力少量とした治療が行われるようになった。
さらに、2017年には抗補体(C5)モノクローナル抗体エクリズマブの有効性が報告され30)、日本でも同年12月にMGに対する適応を取得した。2022年には同じく抗C5モノクローナル抗体ラブリズマブが適応を取得31)、2024年にはC5阻害薬ジルコプランが発売され臨床使用可能となった32)。2022年には抗胎児性Fc受容体(FcRn)フラグメント製剤エフガルチギモドが33)、2023年には抗FcRnモノクローナル抗体ロザノリキシズマブが34)それぞれMGを適応症として発売され、使用されている。なお、リツキシマブでも研究が進められているが35)、現時点では日本での適応は取得していない。
また、病態に関しても、MGの病原性自己抗体としてかねてから知られていたAChR抗体に加え、2001年に新たな抗体として、筋特異的受容体型チロシンキナーゼ抗体(MuSK抗体)が発見された36)。さらに2011年には、LDL受容体関連タンパク質4抗体(LRP4抗体)が発見された37)が、2022年版の『重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン』38)では、LRP4抗体はMGの病原性自己抗体として扱われていない。
表 重症筋無力症に関する研究と治療の歴史
1672年 | Willisが最初の症例報告 |
---|---|
1895年 | Jollyがmyasthenia gravisと命名。反復刺激で漸減現象が出ることを証明 |
1913年 | Sauerbruch、胸腺摘除の有効性を報告 |
1934年 | Walker、抗コリンエステラーゼ剤の有効性を報告 |
1936年 | 神経筋接合部におけるアセチルコリンの重要性 |
1952年 | 微小終板電位の発見 |
1960年 | MGは運動終板の蛋白に対する抗体でおきる |
1962年 | α-ブンガロトキシンが神経筋接合部に結合する |
1964年 | MGでは微小終板電位が減少する |
1971年 | α-ブンガロトキシンがシビレエイのAChRに結合 |
1973年 | MGではα-ブンガロトキシン結合部位が減少 |
1973年 | AChRで免疫することで実験的MGの作製に成功 |
1975年 | 患者IgGによりpassive transfer成功 |
1980年頃 | ステロイド大量療法がおこなわれはじめる |
2000年 | タクロリムスが保険適用となる(胸腺摘除術後・ステロイド抵抗性のMG) |
2001年 | MGの新しい抗体:MuSK抗体の発見 |
2006年 | シクロスポリンが保険適用となる(胸腺摘除術後・ステロイド抵抗性のMG) |
2009年 | タクロリムスの適応拡大(MGすべてに適用) |
2011年 | MGの新しい抗体:LRP4抗体の発見 |
2011年 | 免疫グロブリンが保険適用となる |
2017年 | エクリズマブが保険適用となる |
2022年 | ラブリズマブが保険適用となる |
2022年 | エフガルチギモドが発売される |
2023年 | ロザノリキシズマブが発売される |
2024年 | ジルコプランが発売される |
村井弘之:MGの過去・現在そして未来;臨床神経学. 2014;54(12):947-949.より改変
参考文献
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- ウィフガート点滴静注400mg 電子添付文書
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