重症筋無力症の疫学・疾患概念・病因
2025年1月掲載 (審J2412216)
重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)は、病原性自己抗体により発症する自己免疫疾患であることが明らかとなった1976年以降、さまざまな研究結果が報告されている。近年、新知見の報告や新規治療の導入により、議論は一層活発化している。そこで本稿では、MGの疫学や疾患概念、病因について紹介する。
疫学 -MGの推定患者数や有病率は増加傾向-
わが国ではこれまでに、1973、1987、2006、2018年の計4回にわたってMGの患者数と臨床像に関する疫学調査が実施されてきた1,2) 。1973年の調査では患者数の推定は行われていないが、1987年の調査からは患者数が推計され、2006年以降は疫学調査の手法に則って調査が行われている。
MGの推定患者数は、2006年の調査3) では15,100人(95%CI 13,900~16,300)、有病率は人口10万人あたり11.8人(95%CI 10.9~12.7)であった。2018年の調査4) では、患者数は29,210人(95%CI 26,030~32,390)、有病率は人口10万人あたり23.1人(95%CI 20.5~25.6)と推定されている。
また、男女比は、2006年の報告3) では1:1.7、2018年の報告2) では1:1.15と女性にやや多くみられる。なお、家族内発生は0.9〜1.3%と低いことが報告されている2) 。
MGは国が定める指定難病であり、特定医療費(指定難病)受給者証所持者数をみると、令和4年度末現在5) で26,387名であり、受給者証所持者数においても増加傾向にある。
疾患概念
MGは、神経筋接合部のシナプス後膜上の分子を標的とする自己免疫疾患6) とされる。主な症状は、骨格筋の易疲労性を伴う筋力低下であり、初発時に高い頻度でみられるのは、眼瞼下垂、複視で2) 、球症状(構音障害、嚥下障害、咀嚼障害など)、顔面筋力低下、呼吸困難、四肢筋力低下などもみられる7) 。典型的な症例では、夕方に症状が悪化することが多く、日差変動、日内変動がみられる7) 。MGの経過中に急激に筋力低下が増悪し、呼吸筋筋力低下により急激に呼吸不全に陥り、気管挿管が必要になった状態を重症筋無力症クリーゼという。その誘因として感染症や発熱、誤嚥、不十分な治療、薬剤性、手術後などがある8) 。
「重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン 2022」(以下、MG/LEMS診療ガイドライン2022)によると診断は、症状(A項目)、病原性自己抗体(B項目)、神経筋接合部障害(C項目)、支持的診断所見(D項目)の各項目の有無に基づき、Definite、Probableのいずれかで判定される(表1 )9) 。
表1 重症筋無力症診断基準20229)
(注)Cの各手技については「重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン 2022」を参照
「日本神経学会監修:重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022, p.21,2022,南江堂」より許諾を得て転載.
「MG/LEMS診療ガイドライン2022」では、MGは眼筋型(①)と全身型(②〜⑥)の2つに大別される。また、6つのサブタイプに分類されており、① 眼筋型MG(OMG)、② 早期発症 MG(g-EOMG)、③ 後期発症 MG(g-LOMG)、④ 胸腺腫関連 MG(g-TAMG)、⑤ 抗筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK) 抗体陽性 MG(g-MuSKMG)、⑥ 抗体陰性MG(g-SNMG)が挙げられている。
MGは症状の評価が難しいことから、研究や臨床では定量的評価尺度が重視される。重症度クラス分類として用いられるMG Foundation of America(MGFA)分類では、本来は現在に至るまでの最重症時の状態に基づき分類される10) 。定量的な評価には、利便性に優れるMG-ADLスケールや、臨床症状を客観的に反映できるQuantitative MG(QMG)スコアなどが用いられる11) 。治療効果の評価に用いられるのがMGFA Postintervention Statusで、完全寛解からMG関連死までを8段階で評価する10) 。また、MGは症状が多様で患者ごとに生活上の困難が異なるため、MGに特異的なQOLスケールとしてMG-QOL 15r-Jも有用な評価ツールである11) 。
病因 -自己抗体と病態に関与する免疫細胞-
MGは、神経筋接合部を標的とする自己抗体の作用により、神経筋接合部の刺激伝達が阻害されて起こる。MGの発症原因となる病原性自己抗体には、抗アセチルコリン受容体(AChR)抗体と抗MuSK抗体が考えられている。わが国のMG患者の約80〜85%は抗AChR抗体陽性、約3~5%は抗MuSK抗体陽性、残りの約10〜15%は、いずれの抗体も陰性のdouble seronegative MGである12, 13) 。
「MG/LEMS診療ガイドライン2022」では確定されてはいないものの、第3番目の病原性自己抗体として、抗低密度リポ蛋白受容体関連蛋白質4(LRP4)抗体が注目されている13) 。また、MGに特異的な自己抗体ではないが、神経筋接合部の形成と維持の抑制に関与するAgrinに対する抗Agrin抗体、骨格筋細胞の成分に対する抗titin抗体や抗RyR抗体、電位依存性カリウムチャネル(Kv1.4)に対する抗Kv1.4抗体に関する報告もある14) 。
MGでは合併症として胸腺異常(過形成や腫瘍)が認められることが多い。早期発症MGの女性に比較的よく認められる過形成胸腺では、AChRに対する自己反応性T細胞、B細胞などが存在することが報告されており、二次リンパ組織と類似構造を形成することで、抗AChR抗体を産生していると考えられている15,16) 。
Rocheらの報告17) では、末梢血中のTh17細胞数や濾胞性ヘルパーT(Tfh)細胞数の増加、制御性T(Treg)細胞数の減少の程度がMGの重症度や抗AChR抗体価と相関していた。Th17細胞からは炎症を惹起するIL-17などが、Tfh細胞からはB細胞のクラススイッチや抗体産生を促すIL-21などが、B細胞からはBAFFやAPRILといったサイトカインが産生される(図1 )18-20) 。Treg細胞はFoxP3を発現して抑制性サイトカインのIL-10などを放出し、免疫応答の抑制的制御を担う20) 。MGではTreg細胞数が減少しており、免疫反応が活性化することで病態を悪化させている可能性が指摘されている21) 。また、MG患者では誘導性T細胞共刺激因子(ICOS)の発現上昇に伴い、循環Tfh(cTfh)細胞の増加が認められたという報告22) もあり、cTfhはMGの重症度と治療効果判定のバイオマーカーとなる可能性も模索されている。
図1 重症筋無力症の病態に関わるサイトカインおよびT細胞20)
免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象(irAE)として発症するMG(irAE-MG)では、AChR に対する自己反応性 T 細胞が活性化する23) 。irAE-MGでは、抗AChR抗体陽性率は約50%、抗体価は1.0nM以下と低価とされる24) 。一方、抗MuSK抗体は陰性である場合が多いが24) 、抗MuSK抗体と抗AChR抗体のいずれも境界値であった1例が報告されている25) 。注目されている自己抗体には、irAE-MGにおいても抗横紋筋抗体とも呼ばれる抗titin抗体や抗Kv1.4抗体があり26, 27) 、抗横紋筋抗体が陽性の筋炎では呼吸障害を伴うなどの重症例が多いことが報告されている27) 。
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