緒言
金沢大学名誉教授・金沢西病院脳神経センター所長
高守 正治 先生
(審J2006201)
金沢大学名誉教授・金沢西病院脳神経センター所長
高守 正治 先生
重症筋無力症の歴史をたどると、その学術的記述の嚆矢はThomas Willisによるラテン語の著作De Anima Brutorumで、1672年に英訳され、その”On the palsy”の項に本病の臨床像が記述され、血中に”explosive copula”が循環していると推察した。1895年Friedrich Jollyは、本病の脱力は“疲労”であるとし、血中循環物質を示唆し、前述のWillisの説や1905年Buzzardの血中トキシン説を支持するものであった。“血中阻害物質”という機能的病態説は、Loewi(1921年)の神経情報伝達の“化学説”、Dole(1936年)のアセチルコリン説につながる。歴史に残る報告は、1934年Mary Walkerによる抗コリンエステラーゼ薬による筋無力症の劇的改善であった。本病が筋運動終板膜蛋白に対する抗体によって発症する自己免疫疾患であろうとする仮説をたてたのは1960年Simpsonであったが、その実証には1973年Patrick and Lindstromがアセチルコリン受容体蛋白で家兎を免疫し、その抗体価上昇とともにヒト類似の筋無力症作出に成功するまで待たねばならなかった。
これら病因解明の研究と並行して本病治療の開発にも、先人のたゆまぬ努力があって今日に至っている。本病免疫療法の基本は長期維持療法と速効療法である。前者にはCell cycle 抑制(azathioprine、cyclophosphamide、methotrexate、mycophenolate mofetil)、T細胞の免疫抑制(steroids、tacrolimus、cyclosporine)、B細胞depletion(rituximabなどの抗CD20抗体)がある。新しい試みとして、非特異的抗コリンエステラーゼの改良薬(EN101)、サイトカインTNFα受容体阻害薬(Etanercept)がある。外科的には胸腺腫はもちろんであるが、年令・発症からの経過・抗体・推定される組織像などから剔出手術が考慮される。速効療法として、血液浄化療法と並行し、患者の身体的負担が少なく、易感染性、感染増悪などがない等の利点で優れているのが大量ガンマグロブリン療法である。その作用機序には、IgG異化、抗原特異的抗イディオタイプ抗体活性抑制のほか、補体、サイトカイン・ネットワークの修飾も考えられている。このたび、重症筋無力症に適応が認められた献血ヴェノグロブリンIHは、早期効果作用によってクリーゼを含む症状増悪を克服し、前記の維持療法に引き継ぐ利点が高く評価される。
まさに、先人が示唆した血中”explosive copula”と直接対決する有力な手段と言えよう。
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