神経筋シナプスの構造・機能と免疫
金沢大学名誉教授・金沢西病院脳神経センター所長
高守 正治 先生
(審J2006199)
金沢大学名誉教授・金沢西病院脳神経センター所長
高守 正治 先生
重症筋無力症とLambert-Eaton筋無力症候群は神経筋のシナプス伝達異常によって発症する疾患である。両疾患とも自己抗体が産生され、それによって神経筋伝達が障害される自己免疫性疾患だが、その発症機序は異なる。重症筋無力症は後シナプス膜のアセチルコリン受容体に対する自己抗体、Lambert-Eaton筋無力症候群は前シナプス膜(神経終末)のカルシウムチャネルに対する自己抗体を主な原因として発症する。また、重症筋無力症の約70%は胸腺腫や胸腺過形成などの胸腺異常を伴い、Lambert-Eaton筋無力症候群は肺癌、特に小細胞肺癌合併率が高いため、両疾患とも傍腫瘍性神経症候群(Paraneoplastic neurological syndrome)と位置づけられている。近年、重症筋無力症やLambert-Eaton筋無力症候群のシナプス伝達機構を障害する新たな自己抗体も発見され、そのメカニズムの詳細が明らかにされつつあり、今後の展開に大きな期待が集まっている。
重症筋無力症(MG)は、神経筋シナプスの筋肉側の後シナプス膜にあるアセチルコリン受容体(AChR)に対する自己抗体により、神経から筋へのシグナル伝達が低下することによって発症する。AChRは2α、β、γ(成熟筋ではε)、δの4つのサブユニットから構成されるが、特にMGの発症に関わるB細胞エピトープを含むのは437残基から成るαサブユニットである。抗AChR抗体は、αサブユニットの後シナプス膜外露呈領域を認識し、神経からのシグナル(アセチルコリン、ACh)の受容効果を阻害する。
抗AChR抗体には、AChとAChRの結合を阻害する阻害型抗体と、AChRの分解促進および補体介在性膜破壊をもたらす結合型抗体がある(図1)。
図1
高守先生ご提供AChR分子構造上のエピトープとして、われわれは阻害型抗体標的α183~200領域を明らかにし、結合型抗体の標的は、Tzartosらによりα67-76領域、Lennonらによりα125-147領域であることが明らかにされた(図2左)。われわれは、それぞれの領域の人工抗原を用いて、動物モデルの作出にも成功している(ただし、α67-76領域についてはその中にT細胞エピトープを含まないため、実験動物に特異的なT細胞エピトープα107-116を連結した人工抗原を用いる必要があった)(図2右)。
病原抗体産生の背景となるT細胞、MHC、サイトカイン、胸腺の研究とともにMGの発症メカニズムの解明が進み、本病の約70%は抗AChR抗体によって病因、病態が説明できるようになった。
残りの約30%は抗AChR抗体陰性例であるが、近年その病原抗体の解明も進みつつある。AChRは、AChを効率よく受容するために、神経終末active zoneと相対する後シナプス膜(シナプス襞)上に群落(クラスター)を形成している。このクラスターは神経終末から分泌されたアグリンが筋特異的チロシンキナーゼ(Muscle-specific tyrosine kinase:MuSK)をDok-7というアダプター蛋白と共役して活性化することで誘導されるが、このMuSKに対する抗体が、抗AChR抗体陰性例の病原因子として注目されて来た。さらに、神経終末から分泌されたアグリンは直接MuSKを活性化するのではなく、低分子リポ蛋白受容体関連蛋白(Lrp4)への結合を介してMuSKを活性化するが、この抗Lrp4抗体も検出されている。アグリンが無くても、このLrp4とMuSKの結合だけでもAChRクラスター形成が促されるという。MuSKには、アグリンの他に、AChRクラスター形成に関わるもう一つのシグナル(Wingless/Ints)の受容機能を担うドメインがあり、抗MuSK抗体の一部はこのシグナル系を阻害する。さらに、アセチルコリンエステラーゼと膜上で連結(N端)するコラーゲンQのC端側は、MuSKと結合してMuSKの膜上固定に一役演じているが、抗MuSK抗体は、このコラーゲンQとの結合を阻害する作用があることも明らかにされた。同様にMuSK膜上固定に寄与するBiglycanもMuSK分子構造上の二箇所と結合することが報告されており、MuSK抗体はこれを阻害する可能性がある。
胸腺腫合併MGでは、これまで述べて来た神経筋伝達疲労に加え、筋小胞体Ca2+遊離(興奮収縮連関)障害による筋収縮疲労を認める。その原因となるのは、T管膜脱分極および非電位依存性Ca2+チャネル(Transient receptor potential canonical、TRPC)の2つのルートで活性化され、筋小胞体Ca2+遊離を誘起するリアノジン受容体に対する抗体の存在である。上記TRPCに対する抗体とともに、その検出は胸腺腫潜在の高い指標となる。また、胸腺腫合併例に多くみられるKチャネルやTitinに対する抗体は、筋そのものの障害をもたらす。
骨格筋支配の神経終末では、膜脱分極によりP/Q型電位依存性Ca2+チャネル(VGCC)を介して細胞外Ca2+が流入、AChを包含したシナプス小胞が、docking、primingのプロセスを経て、シナプス前膜のactive zoneで開口、シナプス伝達の役割を担ったAChが遊離される。Lambert-Eaton筋無力症候群(LEMS)は、その過程を構成する分子群に対する抗体により、ACh遊離が障害されることによって発症する。
われわれの検討では、LEMSの90%に抗P/Q型VGCC抗体が検出され、その54%に小細胞肺癌の合併が認められた(図3左上)。抗体のP/Q型VGCC分子構造上の認識領域(4つのドメインの膜外露呈領域S5-S6リンカー)を検討したところ、抗ドメインIII抗体50%、抗ドメインIV抗体30%、抗ドメインII抗体が20%であった(図3右上)。このドメインIIIを抗原とした動物モデルの作出にも成功している(図3右中央)。加えて、LEMSの病態には、抗P/Q型VGCC抗体とは別に、Ca2+センサーの役割を演ずるシナプトタグミンに対する抗体が関与することも明らかにしている。すなわち、抗P/Q型VGCC抗体陽性例、および陰性例のそれぞれ20%にこのCa2+センサーに対する抗体が陽性であった(小細胞肺癌の合併は本抗体陽性例の20%に認めた)(図3左下)。シナプトタグミンのN端側53残基は、シナプス小胞開口時、膜外に露呈し液性免疫のターゲットとなりうるので、その人工抗原で動物を免疫、疾患モデルを作出することができた(図3右下)。
LEMSと小細胞肺癌との合併については、癌組織にP/Q型VGCC、シナプトタグミンとも発現していることが証明されており、これらを認識した抗体が、神経終末に正常に存在するこれらの蛋白を攻撃し、ACh遊離阻害によってLEMSの病態が成立すると思われる。かつて、厚生省難病研究班による検討では、小細胞肺癌が発見される2年前にLEMSが発症する症例もあり、LEMSの研究は最近注目されているSOX-1抗体の検定(癌合併LEMSの64%で陽性、非合併LEMSではすべて陰性)とともに、癌の早期発見に資するものと考えられる。
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