図1:仙台医療センター 脳神経内科 鈴木靖士先生の考えるEFT治療方針
重症筋無力症(MG)
国立病院機構 仙台医療センター 脳神経内科 医長(科長)
鈴木 靖士 先生
【資格など】 医学博士、日本内科学会認定内科医・指導医、日本神経学会専門医・指導医、日本内科学会JMECCインストラクター・ICLSインストラクター、日本内科学会総合内科専門医、宮城県 医師臨床研修審査専門員、東北厚生局 医師臨床研修審査専門員、AHA-ACLSインストラクター
【所属学会など】 日本内科学会、日本神経学会、日本神経治療学会、日本神経免疫学会、日本神経感染症学会、日本認知症学会、日本自律神経学会、日本頭痛学会、国立医療学会、日本パーキンソン病運動障害疾患学会、重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022作成委員
(審J2403305)
― はじめに、仙台医療センター脳神経内科の概要についてお聞かせください。
鈴木先生:
当院は、令和元年5月1日に新病院へと移転しました。
旧病院から、救命救急センターを12床、手術室を1室増やし、急性期に特化した体制を整えました。
今後も地域における急性期病院として、他の医療機関と連携を図りながら、地域に貢献できる病院を目指します。
当科における全入院患者数は、年間約700人です。
重症筋無力症(Myasthenia Gravis : MG)の外来患者数は、眼筋型、全身型を含め、年間約370人になり、新患は年間35~40人です。
近年では、他院からMG患者さんを紹介されることが多くなり患者数は増加しております。
― MG治療における基本的な考え方についてお聞かせください。
鈴木先生:
1970年~1980年代以降、経口ステロイドの普及に伴い、死亡例は減少、生命予後は改善されてきました。しかしながら、未だに成人期発症MGの完全寛解率は10%未満と改善していないのが現状です。1-9)
治療が多くの場合生涯にわたることを意識し、健常人より低いとされている10,11) health-related quality of life
(QOL)やメンタルヘルスを良好に保つような治療戦略を基本としています。
2022年に「重症筋無力症診療ガイドライン2014」を基盤として内容をアップデートした「重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022」12)が日本神経学会から公表されています。
このガイドラインに記載されている最初の治療目標である、「経口プレドニゾロン5mg/日以下でminimal
manifestationsレベル(以下、MM-5mg)」の早期達成を目指します。
当院では、新規の全身型MG患者さんには早期速効性治療戦略(early fast-acting treatment
strategy:以下、EFT)を積極的に行います。症状の早期改善と経口ステロイド量抑制の両立を図ることによりMM-5mgの早期達成率が改善するとの報告があり6)、たとえ長期の安定が得られなくとも、一定期間MM-5mgを達成できれば、間欠的な非経口速効性治療(fast-acting
treatment : FT療法)によりMM-5mgの継続が可能とされています12)。
しかし、罹病期間の長い患者さんでは、MM-5mgを達成できていない場合もあります。その多くは、治療初期に漸増漸減による高用量経口ステロイド療法を経験しており、ステロイドを減量することにより、症状が悪化するのではないかと懸念している患者さんです。
そのような場合でも、ステロイドと血糖値の関係などを説明し、ステロイド減量の意義を粘り強く説得しています。
漸増漸減投与法による高用量経口ステロイド療法は、こうした中等量(15~20mg/日)以上の経口ステロイド長期化につながりQOL悪化が生じるのに加え、寛解率の改善に繋がる可能性は低く、MM-5mg達成に不利であると報告されており6.
13)、ガイドラインでも推奨されておりません。
したがって当院では、FT療法を積極的に用いたEFTを中心とした治療を行っております。
早期速効性治療戦略(EFT)について
― 現在、仙台医療センターで行っているEFTについて教えてください。
鈴木先生:
当院では、抗コリンエステラーゼ薬、経口副腎皮質ステロイド(以下、ステロイド)、カルシニューリン阻害剤、免疫グロブリン静注療法(以下、IVIg)、メチルプレドニゾロン静脈内投与(以下、IVMP)または血漿浄化療法を中心としたEFTを実施しております。
ステロイドは5mgから開始し、基本的に増量することはありません。患者さんの症状をみながら、適宜減量していきます。
治療開始の目安は、日常生活に支障をきたす、MG-ADLスケール5点以上です。
全身型MGの患者さんに対してのFT治療は基本的にIVIgで治療を開始し*、効果があらわれにくい患者さんや、希望する患者さんには、IVMP、血漿浄化療法を検討します。
IVIgやIVMP、血漿浄化療法を繰り返しても症状が悪化する場合は、難治性MGと判断し適宜分子標的治療薬を使用します。
分子標的治療薬は外来ベッドの空き状況、通院頻度など患者さんの希望を伺いながら適切な薬剤を選択します。C5阻害薬は抗AChR抗体陽性例にしか使用できませんので、病原性自己抗体の種類の確認が必須です。投与前の髄膜炎菌に対するワクチン接種も必要となるため、スケジュール調整を行って投与に至ります。
*献血ヴェノグロブリンIHの効能効果は「全身型重症筋無力症(ステロイド剤又はステロイド剤以外の免疫抑制剤が十分に奏効しない場合に限る)」となります。
※警告・禁忌を含む注意事項等情報は電子化された添付文書をご参照ください。
― 早期速効性治療戦略におけるIVIgの位置づけについてお聞かせください。
鈴木先生:
IVIgは入院後すぐに治療を開始できること、そして作用機序が多様であり12, 14)、患者さんの全身状態が不良な場合でも選択しやすい治療法であると感じています。
また、患者さんの希望に合わせた治療法として、IVIgを選択する場合もあります。例えば、就労をしている患者さんの中には、1週間ほどの入院でしっかり休養を取りたいという方もいますので、患者さんのライフスタイルに合わせた治療法として、IVIgを用いるケースもあります。
特に胸腺摘除術の前後は、患者さんの症状を安定化させるために積極的にIVIgを使用しています15, 16)。
一方で、IVIgの副作用として、頭痛や血栓傾向などがあります17)。これらの発症機序には、アレルギー的機序による無菌性髄膜炎や血液粘稠度の亢進が関与しているとの報告18,19)がありますが、明確な理由はわかっていないのが現状です。実施時には患者さんの様子をよく観察し、適宜IVIgの投与速度の調整や頭痛を緩和する薬剤の併用をするなどしており、時には治療の中断を検討することも重要です。
― ステロイドパルス療法(IVMP)を含めた早期速効性治療戦略について教えてください。
鈴木先生:
2023年にJapan MG
Registryに登録している13施設の共同研究結果20)として、IVMP併用EFTの方がIVMP非併用EFTよりもMM-5mg初回達成までの期間が早く、MM-5mg達成率が高い(log-rank
test、p=0.0352)ということが認められました。
ただし、これは単にIVMPをルーティンのように組み込めば良いというものではありません。IVMPは初期増悪のリスクがあることから、投与量の調整や他のFT療法である血漿浄化療法、IVIgなどと組み合わせて治療するなどの工夫が必要です21)。血漿浄化療法やIVIg後のIVMPは初期増悪が比較的軽いとされています3,22)。当院ではIVIgを実施したあと、数日経過してもMMに達する見込みがない、効果が不十分であると判断した場合に、IVMPを追加しています。
また、MGFA(Myasthenia Gravis Foundation of
America)分類Ⅲ以上で球症状がある症例や球症状が強く嚥下障害のある症例、そして全身型MG症例に対する最初の治療でのIVMPは初期増悪の懸念があります12)ので、特に注意が必要です。施行する場合は原則入院のうえ、経験豊富な医師の指導のもとに行うのがよいでしょう。
このように当院では、他のFT療法と組み合わせるなど、患者さんの様子を個別に観察しながらIVMPを施行しています。
※本症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様の経過を示すわけではありません。
(症例提示)EFTに基づいた治療と難治性MGに対する分子標的治療薬
― EFTで症状をコントロールしている患者さんの症例を教えてください。
鈴木先生:
具体的な症例を以下にてお示しします。
抗MuSK抗体陽性の50代女性です。複視、嚥下・構音障害、両上肢と頚部の筋力低下がみられ、MG-ADLスケール8点、QMGスコア10点の重症例でした。
本症例はIVIgが奏効し、入院10日目に退院に至りました。
退院後は外来にてフォローしていますが、1ヶ月後もMG-ADLスケール2点と症状は安定しています。
症例1:50代女性(EFTで症状をコントロールしている症例)
※本症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様の経過を示すわけではありません。
― 難治性MGの具体的な症例を教えてください。
鈴木先生:
難治性MGとは、「複数の経口免疫治療薬による治療」あるいは「経口免疫治療薬と繰り返す非経口速効性治療(FT)を併用する治療」を一定期間行っても、「十分な改善が得られない」あるいは「副作用や治療に伴う負担のため十分な改善を得る治療の継続が困難である」場合です23-26)。
具体的な症例を以下にてお示しします。
こちらも抗MuSK抗体陽性の50代女性です。複視、眼瞼下垂、嚥下・構音障害、両上肢と頚部の筋力低下がみられ、MG-ADLスケール12点、QMGスコア16点の重症例でした。
IVIgとIVMPを実施しましたが、退院後約2ヶ月で症状の増悪を認めたことから、難治性MGと判断し分子標的治療薬を導入しました。
その後は患者さんのQOLを考慮し、分子標的治療薬にて入院せずに治療を継続しています。
本症例のような抗MuSK抗体陽性の症例では、難治性MGが多い傾向にあるということがわかってきており27)、経過を十分に観察し必要に応じて治療方針の再検討が必要になってきます。
症例2:50代女性(難治性MG症例)
近年、難治性MGに対しては分子標的治療薬の選択肢が増えてきています。病型や患者さんのライフスタイルに合わせて、治療を選択することが可能になっています。
患者さんのQOLやメンタルヘルスを良好に保つことを念頭に置きつつ、様々な選択肢の中から、患者さんと相談しながら最適な治療法の組み合わせを選ぶのが良いと考えます。
監修医からのメッセージ
― MGの診療をされている先生方へメッセージをお願いします。
鈴木先生:
はじめにお伝えしたとおり、MGは長期完全寛解が得がたい疾患です。そのため、患者さんのQOLを意識することが重要です。
一昔前までは、MGは若い人の病気というイメージがありました。しかし日本社会全体の高齢化に伴い、現在では高齢者が多い疾患となっています。実際、当院に通っていらっしゃるMG患者さんのうち、約75%は50歳以上です。
そのような点も鑑みて、骨粗鬆症などの合併症を考慮し、特にステロイドの減量を意識した治療を選択する必要があると感じています。
また、近年のMG治療は、ガイドラインにMM-5mgが明記されたり、新しい治療薬が発売されたりと、めまぐるしい変化をみせています。
新しい治療法に転換するのは、医師も患者さんも勇気がいることだと思います。なかなかステロイドを減らせないこともあるかもしれません。
しかし現状に甘んじず、様々な治療法を組み合わせて、より質の高い治療を目指していきたいと思っています。
この記事を読んでいただいている先生方も、新しい治療にチャレンジすることを怖がらないでほしいですし、私にその後押しができればと思っています。
一緒により良いMG治療を目指していきましょう。