CLOSE UP HEART

第6回 血友病と思春期

血友病にまつわるトピックスの中からひとつのテーマを選び、血友病の専門医(家)に監修の吉岡先生がインタビューをする「クローズアップハート」。第6回は「血友病と思春期」をテーマに、自己注射の管理やスポーツに関する問題、そして家族からの自立について等を聖マリアンナ医科大学病院小児科の長江先生と、血友病の専門ナースである吉川師長に詳しく伺い、思春期に起こりうる問題を様々な面から掘り下げました。

先生の写真
聖マリアンナ医科大学病院
小児科医長 長江 千愛先生(写真左)
長江 千愛先生 プロフィール
  • ●1999年3月 聖マリアンナ医科大学 卒業
  • ●1999年5月 聖マリアンナ医科大学病院 小児科
  • ●2001年4月 同病院助手(小児科)
  • ●2004年4月 聖マリアンナ医科大学 小児科 助教
  • ●2010年1月 静岡県立こども病院に国内留学
  • ●2011年4月 聖マリアンナ医科大学 小児科 助教
  • ●2017年4月 同大学 小児科 講師

看護師長 吉川 喜美枝さん(写真右)
吉川 喜美枝さん プロフィール
  • ●1974年 聖マリアンナ医科大学看護専門学校 卒業
  • ●1974年 聖マリアンナ医科大学病院 入職
  • ●1987年より血友病看護に携わる
  • ●2003年より看護師長
病院の写真
聖マリアンナ医科大学病院
〒216-8511
神奈川県川崎市宮前区菅生2-16-1
TEL::044-977-8111(代表)
URL:http://www.marianna-u.ac.jp/hospital/

アドヒアランスの低下を防ぐには?

吉岡先生血友病治療において定期補充療法が一般化される中、思春期はアドヒアランスの低下という問題に直面しやすい時期と言われています。思春期、即ち中学、高校、大学への進学や、就職の頃に起こってくる問題だと思いますが、この問題に関して長江先生や吉川さんの経験を含めてお話しいただけますか。

長江先生当院では1990年代から、2歳未満の子どもに家庭注射を用いて定期的に血液凝固因子製剤を補充することによって出血を予防する「一次定期補充療法」を始めています。その子たちが、今、思春期を迎えていますが、アドヒアランスが悪くなっている患者さんはほとんどおりません。それ以前の20歳代後半から30歳代前半の患者さんの中には思春期の頃にアドヒアランスが低下することはありました。今、思春期を迎えている子たちがアドヒアランスを保っているということが、我々がこれまで頑張ってきた成果かなと思ったりしています。

吉岡先生それは素晴らしいことですね。そのようにできるのはなぜでしょうか。

長江先生小さい頃からお母さんではなくて子どもをメインに治療するように心がけています。診察時には母親に聞くのではなく、まずは子どもに問いかけて、「あくまでも治療の主体はあなたなんだよ。」ということが本人に伝わるようにしています。自己注射は8、9歳からと早めに導入しています。このように子どもたちの自立に関してかなり意識をして日々診療を行っています。どうして注射をしているのか、定期補充療法をやっている理由を子どもなりに理解させる。定期補充療法の重要性を子どもに理解してもらえるような努力を日々しつつ思春期を迎えられるようにすることが大切です。思春期というのは母親との葛藤が一番根本的なところにあると思っているので、子どもと母親の関係が良い状態で思春期を迎えられるよう子どもの頃からサポートしていくようにしています。

吉川師長思春期になる頃は特に、友達からなぜ注射をしているのか、体育をやらないのかなど聞かれ、悩むことが多くなるので、よく話を聞くことが必要だと思います。定期補充療法を2歳ごろからやっていると、殆んど出血しないため思春期になると病院に来なくなってしまうことがあります。病院に来る必要性をきちんと伝え受診できる方法を一緒に考えます。
「お母さんに薬は取りに来てもらうけど、輸注記録(写真下)はちゃんとつけて、年に1~2回は絶対に病院に来るんだよ」と約束をし、注射することによって健常児と変わらない生活ができるようにサポートします。当院の輸注記録は複写式になっていて、受診時には必ず持参してもらっています。書くことが振り返りにつながるので、自分で書いてもらうことが非常に大切だと思っています。

吉岡先生上手くいくコツの一つは定期的に病院に来ることを担保する。病院から離れていったら アドヒアランスは低下しますのでこれが一番大事ですね。病院から離れそうな気配を感じ取って、こちらから先に手を差し伸べることが大切なのですね。

※アドヒアランス/ 患者さんが積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けること。

輸注記録 ▲輸注記録

思春期に起こる問題の根本にあるもの

吉川師長思春期になると普通にお母さんやお父さんがうるさかったりしてきます。子離れできないお母さんがいると子どもが自立できないため、その時は本人だけではなくお母さんとも話をしなければいけないですね。

長江先生おそらく、親離れ子離れが根本のテーマなんですよね。子どもたちに早めの自立を促し、自己管理ができるよう指導することも大切です。時には母親だけ、子どもだけと別々にお話を聞くことも必要かと思います。お母さんへのケアもかなり気を使うところで、吉川さんも精神的なフォロー等を丁寧にやられています。

吉岡先生日本の家族構成や家族のあり方が変わってきて、少ない子どもたちを丁寧に育てる。特に母親と子どもの距離がより近くなってきているかなと思っています。

定期補充療法の普及と患者の意識

吉岡先生一次定期補充療法でほとんど出血はないと思いますが、注射を中断したり何かの折に出血したりするようなことが思春期で起きてしまった場合、母親にだけ指導していた頃とは違うと思いますが、ご経験から出血時にどのように対応されていますでしょうか。

長江先生ほとんど出血をしたことがない子たちなので、一回の出血がどれだけ痛いのかを経験していないと、なぜ定期補充療法をやらないといけないのかがわからないことがあります。どうしてもそこに戻ってしまうので、やめたければ一回やめてもいいよと言ったりしますね。それでまたやりたいと思ったら協力するからという話もしますが、そこまで難渋する子はほとんどいないです。出血が全然ないので小学校高学年位から自分の好きなスポーツをやり始めると、外傷性の関節出血が必ず起こってきます。その時はどんなリスクがあるか本人にちゃんと説明して、それでもやりたいと言ったらやらせています。我々ができるのは、定期補充療法の注射の工夫をすることです。注射の投与量や投与間隔を変更したり、活動度の高い日にあわせて注射したりなど、治療の選択肢を準備して一緒に考えていくことです。そして、節目節目、即ち幼稚園入園、小学校入学、中学校入学にあたって、本人に対してどうして定期補充療法をやっているのかという目的を本人にしっかり答えさせる。あるいは説明を繰り返していくことが大事だと思います。

思春期における父親の存在

吉岡先生一般には思春期の問題には父性、すなわちパターナリズムがどのように関与するのがよいかが永遠のテーマだと思いますが、血友病の場合は若干違っているのでしょうか。特に、性的なことに対して興味が出てきたり、遺伝のことも勉強し出したりします。血友病の子どもを持つお父さんの立場や対応で、特に気をつけなければならないことはございますか。

吉川師長出血もなく順調にきていると、思春期の頃は父親が病院に来ることはなくなり存在が薄い気がします。

吉岡先生思春期の父親の存在って難しいですね。思春期になってから父親はどうやって介入したら良いんだろうということではなく、先生方がやられているように小さい頃から家族と子どもたち、医療側が定期補充療法で良い関係を作っていくということが大切です。だから父親も普段から関与していくということが大事でしょうね。

吉川師長吉岡先生のお話を聞いて、お父さんのフォローはあまりしていなかったことに気づきました。お父さんが働いてくれているから、スポーツや色々なことができるんだねということを伝えないといけないと改めて思いました。

※パターナリズム/強い立場にある者が弱い立場の者の意志に反して、弱い立場の者の利益になるという理由から、その行動に介入したり、干渉したりすること。

患者と家族に寄り添った医療を

長江先生これだけの治療ができるのは医師の力だけではなく、吉川さんをはじめとする血友病ナースの協力が無くてはならないものです。我々の診療時間内では親子関係や思春期の異変に気づいてフォローするのは無理で、診察後の吉川さんの綿密なケアがあるからこそ、アドヒアランスが保てていると思います。今日も吉川さんが介入してくれたおかげで、昨年から苦労していた家庭注射がやっとできるようになったご家族がいました。病院では椅子に座ってテーブルで注射の練習をしますが、家庭では座卓を使っていることを知った吉川さんが床にダンボールを置いて座卓代わりにして、みんなで正座して注射の練習をしていたんです。そこまでやるんだと感動しました

吉川師長家庭注射導入が上手くいかなかった例ですが、じっくり話を聞くと家庭では指導された方法で実施していなかったことがわかりました。家庭と同じ環境を再現し、再指導を行ったところ注射できたので、これからは自宅でも注射できると思います。

吉岡先生現場を知って指導した方が良いということですね。それはとても大切なことです。そういう貴重な日にお話が聞けて、ありがとうございました。

(2018年Vol.59冬号)
審J2005102