第3回 血友病と海外渡航
血友病の専門医(家)にインタビューし、ひとつのトピックスを深掘りする「もっと知りたい!血友病のこと クローズアップハート」。第3回は、グローバル化により海外旅行や海外赴任を経験 される方々のために、海外渡航時に心がけるべきことにスポットを当てました。観光旅行、長期滞在・赴任時に分け、監修の吉岡 章先生が荻窪病院の鈴木 隆史先生と臨床心理士の小島 賢一先生にお話を伺いました。
出国前の準備はどうする?
吉岡先生近年、グローバル化が進む中、血友病の患者さんやご家族が海外へ行く機会が増えています。安全に楽しく過ごすための準備や心得についてお話しいただけますか。
鈴木先生製剤を機内に持ち込んだり国外に持ち出したりする場合は、事前に診断書や製剤使用者の証明書を用意される方もいます。証明書がなくてもご自身で説明できる方や、手荷物として持ち込む方もいますが、心配性な方や言葉に自信の無い方には、出入国審査用と保安検査用に分けて持参してもらったことがあります。それから、1週間程度の旅行で持ち込む量が少ない場合にはあまり問題がないように思われますが、長期滞在時にダンボールで大量に持ち込む場合には、診断書・証明書の両方を持参した方が安心です。滞在期間が長くなればなるほど証明書は持っていたほうがいいですね。なお、長時間移動する場合でも、フライト前に注射しておけば、まず追加の注射が必要になることはないと思います。
吉岡先生JBで作製している「ヘモフィリアノートブック」という自己注射の投与記録手帳があります。こちらは、鈴木先生、小島先生にご監修いただいてますが、この中で証明書のひな形を用意しています。
鈴木先生そうですね。これを参考にして病院からの正式な診断書という形で発行することができます。
下記より、証明書をダウンロードできます。
旅行中に受診が必要になった時や、航空保安検査で使用できる文書のサンプルです。かかりつけの医療機関に作成を依頼する際にご利用ください。旅先で困らないよう事前に用意しておきましょう。
海外旅行中に気をつけること
吉岡先生海外・国内問わず、移動先で突然出血した場合の対応を考えると、家庭注射や自己注射のトレーニングは必須。また、移動中に駆け込むべき施設をあらかじめリサーチしておくことも大切です。その他、対応策等を教えてください。
鈴木先生血液凝固因子製剤の持ち運びですが、2~3回分は手荷物にも入れておくことを勧めています。全てトランクに入れてしまうと衝撃の影響による破損や、預けた荷物を紛失する可能性もありますのでリスクを分散しておくことが必要ですね。また、中等症、軽症でほとんど出血しない患者さんにも、行った先で診てもらえる施設を教えておき、製剤を数回分持参させることがあります。旅行先では、様々なアクティビティがありますが、やってはいけないものはなくなってきていると思います。担当医に事前にこういう遊びをしたいという相談をしていただき、しっかりと製剤投与してからやっていただけれ ば大丈夫だと思います。
小島先生旅行中は、普段より絶対に多く歩くので、いざというときに日本に帰ってこられるだけの数回分の製剤は最低限持っていってほしいですね。もしも海外で病院を受診した場合、医療費はまず現地で全額を支払い、後で加入している健康保険に申請して払い戻してもらうシステムがあります。ハワイで製剤を投与して2万ドル支払ったという話を聞いたことがあります。カードも使えますが、大変高額になりますので注意が必要です。また、便利なのでレンタカーを借りる場合もあると思いますが、事故の際の保証される範囲がありますので、約款を読んでどこまでカバーできるかをよく確認しておきましょう。
海外赴任と言われたら?
吉岡先生自己注射ができて健康状態も良いのであれば、海外赴任は積極的に考えてもよいと思います。その場合、一番の問題は製剤の入手になりますが、長期間の滞在になると患者さん自身が往復して製剤を持参することが多いようです。また、現地で調達する方法も考えられますが、どのようなことに注意したらよいでしょうか。
小島先生ご家族が日本に残る場合は、健康保険はそのまま継続することが多いようですね。まず、現地に赴任してから半年が経過すると、日本からの製剤の送付が輸入品扱いとなり関税がかかるので注意が必要です。また日本国内の健康保険を継続して使うのであれば、従来の制度を全て使えますが、これまでの保険制度から外れると現地の任意保険に入ることになります。しかし海外で製剤を入手する場合、日本のように公的な補助制度がなく請求が大変高額になることが多いので注意が必要です。いずれにしても健康保険をどの国におくかはとても大事なことなので、会社や前任者に確認するようにしましょう。ただ、周囲に血友病であることを告知していない場合は、直属の上司や人事に相談しにくいこともあるようです。その場合には、主治医やカウンセラー、ソーシャルワーカーによく相談してみてください。それからWFH(世界血友病連盟)のサイトでどの国にどんな製剤が納められているのか、どこにセンター病院があるのかを確認しておき、何かあったときにどこにかかればよいのかをチェックしておきましょう。事前に病院を通して相談していただければ、製剤メーカーが納入している近隣病院をリストアップするような準備も手伝ってくれますし、また事前に赴任先の病院に「こういう人が行くからよろしく」という連絡も可能です。
国によって異なる!? 海外の医療事情
吉岡先生例えば、イギリスではホームドクター制のため事前に患者登録をする必要がある等、国によって医療事情が異なりますが、自己注射をしてはダメな国はあるのでしょうか。
小島先生自己注射をすることは大丈夫だと思いますが、ドラッグと間違われてしまうと大変です。診断書を持っていれば状況説明しやすいので安心です。
吉岡先生海外で出産されたお子さんが血友病だった例がありますが、この場合は赴任先で出産、診断、治療を受けるという流れになりますね。
小島先生お母さんが保因者であることが事前に推定され、血友病が予想されるような場合には、日本に里帰りして出産をする選択肢もありますね。
吉岡先生製剤の入手が難しい国もありますが、健康保険や製剤入手の問題がクリアになれば海外生活を自由に楽しんでいただけるものと思います。
スマホの活用
吉岡先生スマホをうまく活用すれば、困ったときに日本のドクターと会話したりメールのやり取りができるのではないでしょうか。
鈴木先生荻窪病院では以前から科のアドレスを使用して患者さんとメールでやり取りを行っています。
小島先生出血で腫れた写真をメールで送られることもありますね。
外国人旅行者への対応
吉岡先生日本人が海外渡航するのとは逆に、外国人旅行者が出血して国内の医療機関を受診するようなケースもあると思うのですが、そのような経験はありますでしょうか。
鈴木先生出血ではありませんが、注射する日だから注射してほしいということはありました。
小島先生実際には来られなかったのですが、行ったら診てもらえるかという問い合わせはありました。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに備えて首都圏の施設では考えておく必要があります。
(2018年Vol.56春号)
審J2006107
海外渡航に関するお話は、小島先生にご執筆いただいた「みんなの木」にも紹介されています。