第4回 血友病と関節症
血友病の専門医(家)に監修の吉岡章先生がインタビューし、ひとつのトピックスを深掘りする「もっと知りたい!血友病のこと クローズアップハート」。第4回は血友病性関節症に焦点を当て、治療に関する最新情報や、患者さんとご家族が注意すべき点、非専門医が血友病性関節症の治療をする際に参考としていただきたい点について、東京大学医科学研究所附属病院の竹谷英之先生に伺いました。
血友病性関節症の発症と診断治療
吉岡先生各地で包括医療が行われるようになりました。患者さんは血友病性関節症を予防したり、軽減する目的で治療されていますが、血友病性関節症が既に起こっている人、まだ見えないかたちで起こっている人、将来起こるかもしれない人と症状は様々です。そこで最初に「血友病性関節症の発症と診断治療」の概念についてお話しいただけますか。
竹谷先生血友病性関節症の発症は、関節の中への 出血がトリガーです。しかし関節内出血を何回起こしたら発症するのか、あるいは頻度、出血量、いつ頃起こすと関節症になりやすいのかは、現状ではまだわかっていません。健康な児童がスポーツの後で関節内出血・外傷性出血を起こすことはよくあることですが、だからと言って関節症になるわけではありません。したがって関節内出血が関節症を導くのは血友病だからかどうかはよくわかっていません。「1回でも出血したら関節症になるのでしょうか」という質問を患者さんから受けますが、そのような心配をする必要はないと思います。関節内出血の回数をいかに減らすか、短期間に繰り返すことをいかに予防するかが、関節症の発症を見据えた場合の治療となります。
吉岡先生一定の関節症が出来上がっている患者さんでは、新しい出血が起こっているのか、関節症であるが故に痛み、腫れ、熱感が起こっているのかについては、患者さんも医師も本当に出血かどうかわからない場合がしばしばありますね。診断者としては一番悩むところですが、先生はどのように考えていらっしゃいますか。
竹谷先生以前は画像診断としてはレントゲン写真しかなかったのですが、今はMRIが普及しており、また関節エコーも普及しつつあります。レントゲン写真は一目見て関節症の程度を診断するには適していますし、複数の関節を時間的な負担なく同時に診断するには良い方法です。しかし、レントゲン写真では「今痛い」という患者さんに対して関節症の有無や痛いか痛くないかの判断はつきますが、出血の有無まで診断ができないために、出血と関節症のどちらが痛みの原因なのかまではわかりません。一方、MRIは関節症の程度も出血の程度も診断がつくのですが、今痛いからといってすぐにMRIを撮れるわけではなく予約検査となります。そのため、見たい時に撮ることができません。その点、超音波(エコー)検査による関節症の診断では、関節内出血、滑膜浮腫、関節痛等の区別がつくと考えています。ただし、アウラ(予兆)「今から出血しそう、ちょっと出血した」という患者さんの訴えについては画像ではわかりにくく、判断しにくいものだと思います。
吉岡先生関節症の治療では出血があれば止血治療が優先されますが、関節症と診断した時、整形外科医としての治療にはどのようなものがありますか。
竹谷先生末期の関節症に対しては、人工関節という手立てがあります。ただし、私は、例えば車椅子で生活され「私はこのままで良い」という方には人工関節をお勧めする必要はなくて、人工関節にすることで「自分の生活をこうしたい、こうなりたい」と希望・期待を抱いている方に対してのみ実施するというスタンスです。また、患者さんから「人工関節は良くなりましたか?」という質問をよく受けるのですが、デザインや材質は色々変わっても基本的なところはほぼ変わりありません。早期の関節症については、子どもであれば初期の場合これからの期待も含めて可能な限り関節鏡視下での滑膜切除手術をお勧めしたいと思います。しかし、画像で滑膜炎が無ければ手術はしませんし、1回の出血で滑膜炎になったからといって、すぐに手術をするつもりもありません。標的関節(※1)になってしまい、血液製剤を上手く使っているのに出血から抜け出せない方が一番の適応患者となります。今は定期補充療法をしっかりやれば出血はほぼ無い時代になってきましたので、これから関節鏡視下滑膜切除を実施していくのは主にインヒビター患者になるのだろうと思います。
※1 標的関節とは、一般に6カ月以内に4回以上の出血がある関節。関節症を発症した患者さんリハビリは?
吉岡先生これまでは関節出血をした場合、おとなしくしていなければ痛みや腫れが引きにくいこともあり、早期のリハビリはあまりしてこなかったと思うのですが、最近では整形外科の通常の手術では翌日から動くようになってきています。血友病の場合はいかがでしょうか。
竹谷先生私が整形外科医になってから30年程経ちますが、当時から「術後はすぐ動かす」と指導されてきたので、私の中では血友病でも待つリハビリという概念は無いですね。術後の出血しやすいタイミングは経験的にわかっているので、勧める時期、休む時期というのはありますが、基本的には積極的にという立場でリハビリをしています。製剤が良くなったこととも関係あるでしょう。
定期補充療法をしていても関節症を発症したときは?
竹谷先生定期補充療法をしていても関節内出血を起こし関節症に至った場合は、定期補充療法のレジメの見直しと、アドヒアランス(※2)が悪いかどうかを最初に考えるべきだと思います。しかし、レジメもアドヒアランスも問題ないのに関節症まで進む患者さんは標的関節になっていますので、滑膜切除の対象となります。だから関節症に至る前にうまく滑膜切除ができれば良いと思いますし、関節症の早期の段階で手当ができれば、将来人工関節になるとしても、それを1年でも10年でも遅くできるだろうなと考えています。
吉岡先生内科・小児科では、レジメ、アドヒアランスを見直してきちんと活性値が上がっているかどうかを再確認するところから始め、さらに放っておけば強い滑膜炎から早晩に関節症に至るため早期の関節症の段階、すなわち増生が出てきた段階で滑膜切除をするのが良いということですね。
竹谷先生滑膜切除のタイミングとしては、それが国際的にもベストとされています。
※2 アドヒアランスは、患者が治療方針の決定に賛同し積極的に治療を受けること。血友病患児の関節内出血を早期発見するために
竹谷先生私の持論として、血友病患者さんの出血の定義というのは、今は無いと考えています。患者さん自身が製剤を使えるようになったので、本人が出血だと言えば出血で、自分または家族の判断で注射を行います。医療従事者が判断して出血となるわけではないのです。それを踏まえた上で医療者が関節内出血を早期に発見する方法としては、エコー検査をいかに上手く活用するかということだと考えます。
吉岡先生確かに医療従事者が診ないで患者さんだけに任せたのでは、正しく判断できない部分があるのは事実だと思います。しかし定期補充療法や家庭治療が頻繁に行われるようになり、患者さんに任せるしかない部分はありますし、正しい部分もかなりあると思います。
竹谷先生早期発見ということでは、患者さん自身の意識も大切です。患児のお母さんが「思春期で独り立ちしたら一気に関節が悪くなった」というお話をされたのでよく聞いてみると、膝がパンパンに腫れているのに本人がなぜ痛いのか理由がわかっていなかったようで、どうやら出血しているということが理解できていないようなのです。出血の経験なしに注射をしている子ども達の中には、注射をする理由がわからないことから途中でやめてしまう子もいます。その状態を無くすには子ども達自身にも病気のことをきちんと教えることが大切ですし、それが出血の早期発見にもつながると思います。
吉岡先生それは非常に大事な視点です。これまでは定期補充療法をいかに完璧にするかを勧めてきましたが、それが上手くいった結果、むしろ本質の出血や痛み、腫れ等のつらさを知らないままに成長してしまった。子ども達が自立する段階で再教育や継続教育をしていく必要性があります。
竹谷先生私は外来で血友病の子ども達を診察する時、「お母さんは黙っていてくださいね」とお願いし、本人に薬の名前、体重、血友病のAかBか、薬は何単位使っているかを答えてもらうようにしています。答えられない場合は「次回までに教えておいてください、診察直前でも良いので」とお母さんにお願いします。別に答えがほしいわけではなく、自分の病気のことを覚えて自覚を持ってもらうことが目的なのです。この観点からすると、やはり患者会は大切だと思います。年上で関節症等がある先輩に会い話を聞くことで、言われなくても注射の意義を肌で感じられる貴重な機会だと思います。
吉岡先生小児科医はお母さんと話すことが多いですが、自立時には子ども自身に伝えることも大事ですね。家庭での教育も含めて今後考えていきたいことです。
(2018年Vol.57夏号)
審J2005100