第14回 中等症・軽症の小児血友病
血友病の専門医(家)に監修の吉岡先生が、血友病のさまざまな局面から1テーマを取り上げ、深くインタビューする「クローズアップハート」。第14回は、「中等症・軽症の小児血友病」について、その発症の様子、学校行事やスポーツとの兼ね合い、デリケートな問題を含む家族との関わり等について、子どもたちに寄り添う医療を実践しておられる静岡県立こども病院 血液凝固科の小倉先生に伺いました。
発見されにくい中等症・軽症
吉岡先生貴院では小児血友病の重症・中等症・軽症の頻度はどのようになっていますか。また、どんな形で診断に至りましたか。
小倉先生重症のAが34人、Bが6人。中等症のAが3人、Bが1人。軽症のAが4人、Bが6人です。Aについては重症が多く、軽症が少ないのは、小児は成人の場合よりは手術等で血液検査をする機会が少ないので、何らかの異常出血をきっかけに初めて見つかるためだと考えます。重症患者は家族歴や出血時の診断でわかる方がほとんどです。しかし、中等症・軽症の場合は少し様子が異なります。ある患者さんの場合ですが、整形外科手術を受けた際に、医師が術前の血液検査でAPTT*が延長しているのを見逃していて、術後に1リットル近くも大量出血して初めて軽症の血友病と診断された例がありました。また、出血斑がひどくて虐待を疑われ、検査の結果、軽症の血友病とわかった方もおられました。抜歯後に出血が続き、歯科から小児科に送られ診断ができた例もあります。
*APTT:内因系の血液凝固能力(凝固時間)を測定する検査で、内因系に関わる血液凝固因子のいずれかが不足したり機能が低下したりするとAPTTが延長する。吉岡先生虐待について、私の経験でも、新旧の皮下出血から虐待が強く疑われて検査したら、中等症の血友病だった。逆に血友病と思ったら血友病かつ虐待だったということがありました。救命救急や小児救急の現場では、出血のある場合は適切な検査が必要だということですね。
小倉先生7ヵ月で頭蓋内出血を起こして救急搬送されたお子さんがおられました。この時、アザ(出血斑)から虐待を疑われたのですが、実はこのお子さんはアザができやすいということでずっと小児科を回られていたのですが、血小板の検査だけをして問題ないと言われてきました。当院に搬送時の血液検査で初めて血友病と診断されました。以前にも虐待を疑われて辛い思いをしたご家族の話を聞いたことはあったので、改めて鑑別診断に血友病を考えないといけないと思いました。
中等症・軽症の出血と関節症
吉岡先生重症者の場合、年齢によって出血症状が異なりますが、中等症ではいかがでしょうか。
小倉先生中等症・軽症のお子さんは外傷出血が多いと感じています。日常生活で激しいスポーツをやって筋肉内出血を起こし、対応がわからず悪化して入院した例があります。重症で凝固因子製剤の補充をちゃんとしている方のほうが大きい出血にならずにすんでいます。中等症・軽症の方が長引いたりひどくなったりしているケースがあります。
吉岡先生中等症・軽症の関節症の頻度や予後について、先生のご経験をお伺いしたいです。
小倉先生当院で関節症が出ている中等症の患者さんは2人です。頻度は低くても中等症・軽症でも関節内出血を起こし、関節症を発症すると思います。中等症だから補充療法をしなくていいというのではなく、出血パターンによっては重症と同じ考え方で治療法を検討することが必要になってきます。ただし、定期補充療法は重症の患者さんの治療法と考えている親御さん達もおられるので、治療開始の段階で出血時のみに投与する方法から定期補充療法へ変更になる可能性も伝えます。そうしないと受け入れられない方もいますので。中等症で関節症を起こしてレントゲン写真上の変化をきたす方は出血しても出血による症状だと気づかずに、出血が断続することで長い年月で関節症になるようです。当院では定期的なMRIの画像診断は重症の方のみで行っていますが、今後、中等症・軽症の方でも症例によっては考えていかなければならないと思っています。
吉岡先生中等症・軽症の患者さんの治療方針や使用する止血製剤についてお聞かせください。
小倉先生中等症でも凝固因子活性が2%以下の患者さんは定期補充療法をしています。また、凝固因子活性が2%より高くても、出血パターンや頻度によっては定期補充療法の導入を行います。Aの軽症の方には血液凝固第Ⅷ因子を活性化させる物質が貯蔵されている血管内皮細胞からの放出を促進する薬剤を第一選択にしています。地域の病院に置いていない場合は当院を紹介してもらうようにしています。Bについては、活動度、出血パターン、関節の評価を行って定期補充療法をするかしないかを検討します。家庭注射は家族の負担が増えますので、投与の意義をうまく伝えないと、ドロップアウトしてしまう恐れがあります。定期補充療法を行う際は、必ず投与した患者さんの凝固因子の血中濃度の推移を確認するようにしています。小児の場合は年齢や投与する製剤によっても、凝固因子の血中濃度の推移が変わってきます。特に薬剤を変更する場合は、必ず凝固因子の血中濃度の推移をみて患者さんに気をつけるポイントなどをアドバイスしております。近年ではWeb上でも、患者さんの凝固因子の血中濃度を入力することで、血中濃度の推移を予測するサービスが出てきていますので、そのようなサービスを活用することもよいと思います。
学校行事への参加やスポーツは可能か
吉岡先生小児の中等症・軽症患者さんが、学校行事やスポーツなど日常生活で気をつけるべきことはありますか。
小倉先生学校行事も体育も制限はしていないです。中等症患者さんでも凝固因子活性が低めの方は、体育祭などではけっこう体を動かしますから予備的補充をする形で参加してもらっています。スポーツも何でもOKとはいきませんが、家族と本人に補充療法を提案して、様子を見ながらやるようにしています。定期補充療法をしている重症の方のほうが活動できているということにはならないよう、症例ごとにどうやったらできるのかを考えて対応をしています。
吉岡先生補充療法、製剤の選択をうまく行うことで、子どもたちが学校行事やスポーツに参加できることはとても大事です。ただ、何でもできるというわけではないですね。そのあたりはどうですか。
小倉先生ウォーミングアップを十分に行うこと、万一、ケガをしたらちゃんと休むこと等、きちんと話して、危険となればストップをかけるという約束もしておきます。医者だからこそ、責任をもって伝えなければいけないことがあります。
中等症・軽症でのインヒビターについて
吉岡先生第Ⅷ(Ⅸ)因子製剤を投与すると、異物と認識してインヒビター(抗体)ができることがあります。発生した場合の治療方針は重症患者さんの場合と異なるのでしょうか。
小倉先生Aの中等症でインヒビターを1例経験しました。その子は、当院のインヒビター症例の中で最高のインヒビター値だったのですが、ITI(免疫寛容療法)もうまくいかず、3歳で関節症を発症してしまい滑膜切除を行いました。一般的に重症より中等症・軽症の方が、インヒビターが出ると大変と言われることがありますが、この症例ではそれを痛感しました。中等症・軽症でも頻度は低いもののインヒビターは発生し、その場合、重症と同じかそれ以上に注意をしなければならないと思います。
吉岡先生中等症・軽症でもインヒビターが発生すると重症化する。関節出血を繰り返すうちに慢性化し管理が悪いと重症と同じ血友病性関節症を発症してしまう。ただ、中等症と診断された遺伝子(たんぱく)異常の方が突然重症に変わるということはないと考えてよいですよね。
小倉先生はい。ただ症状が変わることはあるし、インヒビターが出来たら重症化してしまう場合もあり、重症患者以上に個々の対応が求められるのが、中等症かと思います。
吉岡先生患者さんのお母さんや姉妹、いわゆる女性血族への診断について、どうお考えでしょうか。
小倉先生当院ではお母さんに対して、第2子を希望される場合や、娘さんがいらっしゃる場合、心理士も入って遺伝的な話をして保因者診断・保因者健診をさせていただいています。娘さんに何歳で告げるかは、月経開始前の小学校高学年から、高校生くらいが多いです。兄弟が小児科を卒業して内科へ移行するタイミングで心理士を交えて、私から話をすることもあります。
吉岡先生医師、心理士、カウンセラーが連携した遺伝カウンセリングが必要ですね。さて、日本では諸外国に比べて軽症が少ないですが、未診断の小児血友病患者がいるとお考えでしょうか。小児中等症・軽症の診療における課題はありますか。
小倉先生未診断者はかなりいると思います。当院は年間2,000の手術数があるのですが、術前の血液検査でこれまでに2名の軽症血友病が見つかりました。聞けば、鼻血が止まりにくいとか、歯科医で血が止まりにくいと言われていたと。未診断・未治療のまま過ごし、40代50代になってから高血圧で頭蓋内出血してしまうこともありますので、まずは診断することが重要だと思います。そして年齢に合わせた患者教育も必要です。
吉岡先生その通りですね。成人になると、高血圧、動脈硬化、糖尿病のリスクはさらに高いですから、一定の生活スタイルをきちんと続けていけるようにしてほしいですね。今日、多くの重症患者さんが定期補充療法を行うことで中等症や軽症と同じくらいの凝固因子活性レベルで過ごしているわけで、今回の中等症・軽症のテーマというのは、重症患者さんにも適用されることとなりますから、非常に重要なテーマだったと考えます。さまざまな症例を聞かせてくださり、ありがとうございました。
(2021年Vol.67春号)
審J2104013