第16回 献血制度と血液凝固因子製剤の安全性
奈良県立医科大学名誉教授で本誌監修の吉岡章先生が、血友病の専門医(家)にインタビューし、1つのテーマを深く掘り下げる「クローズアップ・ハート」。第16回は愛媛県赤十字血液センター所長の羽藤高明先生に、献血制度の歩みと、献血血液で作られる血液凝固因子製剤の安全のために日本赤十字社と製薬企業が行っている取り組みについて伺いました。また、新型コロナウイルス感染拡大のなかにあって、献血血液の安全性を万全とする方策もお話しいただきました。
ライシャワー事件を契機に始まった献血制度
吉岡先生血液製剤の原料となる血液は、国内自給を基本理念として、日本赤十字社が国民の皆様に広く献血をお願いし、献血による血液から作られています。まず、献血制度の歴史と安全性への取り組みについて、お聞かせください。
羽藤先生今は常識となっている献血制度ですが、始まりは昭和39年(1964年)です。それより前は民間の血液銀行が売血を扱っていました。昭和39年3月、ライシャワー駐日米国大使が暴漢に襲われて負傷し、手術のために輸血を行いました。この輸血が原因でライシャワー氏は肝炎を発症しました。政府は輸血による感染に対し危機感を持ち、事件発生約半年後の同年8月21日に献血制度について閣議決定し、非常にスピーディな対応を行いました。この8月21日を「献血の日」として毎年、日本赤十字社はイベントを行っています。その後、日本では100%献血由来の血液が供給されています。現在の全国の献血者数は年間約500万人。20年ほど前は約600万人でしたので100万人減ったことになります。
吉岡先生私も血液センターや献血ルーム、献血バスでの検診に携わっていますので、減っていることは実感しています。ただ、かつては全血のみでしたが、成分献血等の組み合わせで、なんとか供給量を維持できているのではと思うのですがいかがでしょうか。
羽藤先生その通りです。ただ、40代以上の方々が中心で、20代、30代の方々の献血が少ないのです。若年者対策、献血の教育は非常に重要です。
吉岡先生献血血液から血液製剤ができる流れをご説明いただけますか。
羽藤先生献血には血液中のすべての成分をいただく全血献血と、血小板や血漿といった特定の成分だけをいただく成分献血があります。全血は赤血球と血漿に分けられ、赤血球は赤血球製剤になり、血漿は新鮮凍結血漿製剤と原料血漿に分けられます。原料血漿は血液センターから製薬企業に送られ、血液凝固因子製剤をはじめアルブミン、ガンマグロブリン等の血漿分画製剤が製造されます。
吉岡先生原料血漿から血友病の治療薬である血液凝固第Ⅷ因子製剤や第Ⅸ因子製剤、バイパス止血製剤ができているわけですね。血漿分画製剤の種類とそれぞれの主な治療対象疾患を教えてください。
羽藤先生血漿分画製剤のアルブミンは肝硬変に伴う難治性腹水や、ひどい熱傷の治療などに使われています。近年、急速に需要が増えているのが、神経難病に効くことがわかったガンマグロブリン製剤です。このことで需要が増していることから、日本赤十字社では原料血漿の採取体制を整えているところです。その他に、凝固因子製剤があり、血友病等の治療に使われています。
世界で最も進んでいる日本の献血血液の安全性
吉岡先生血液製剤の原料となる献血血液の安全性確保の取り組みについてお聞かせください。
羽藤先生まず、献血の現場では本人確認を徹底し、海外への渡航歴、菌が血中に入る恐れのある歯科の治療歴、ピアスの穴をあけた方法まで本当に細かい問診を行います。さらに、献血者にはコールバック用紙をお渡しし、職場の同僚や友達と一緒だった手前、献血を断れなかったが、実は気になることがあるという場合に、後から用紙の番号にお電話をいただけるようにしています。
こうした安全対策をとった血液を、各都道府県の赤十字血液センターから全国に7カ所ある赤十字ブロック血液センターに集め、白血球除去、放射線照射を行います。感染症のスクリーニングは極めて厳しい基準で行われています。そして血漿についてはすぐに出庫せず6ヶ月間冷凍保管します。*これは、献血後に何か問題が発生した場合や、献血者から上記のような申告があった場合に対応するための貯留期間です。このように万全な安全対策を行った血液が使われています。今、日本赤十字社の血液は、原料血漿も含めて世界で最も安全な血液とされています。
吉岡先生赤十字ブロック血液センターで行われているウイルス核酸増幅検査(NAT)についてお聞かせください。
羽藤先生献血者一人ひとりの血液について、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、B型肝炎、C型肝炎、E型肝炎ウイルスの核酸を増幅して検出する検査であるNATを実施しています。この検査は高感度なため、抗原抗体スクリーニング検査と比べてウインドウ期(検査では感染を確認できない空白期間)が短縮します。最近、新型コロナウイルスのPCR検査がよく話題になっていますが、PCRとはウイルスの核酸を増幅させる方法のひとつです。数年前までは、PCRが唯一、ウイルスの核酸を増幅させる方法でしたので、ウイルス核酸増幅検査(NAT)=PCRという認識で間違いなかったのですが、最近はPCR以外の方法も開発されてきました。
吉岡先生献血血漿由来の凝固因子製剤には、第Ⅷ因子製剤、第Ⅸ因子製剤、バイパス止血製剤があります。それぞれに、モノクロナール抗体を用いたイムノアフィニティークロマトグラフィー、S/D処理、加熱処理、ウイルス除去膜処理等の組み合わせによる何重もの安全対策が施されていますね。このように血漿由来の凝固因子製剤の安全度は担保されていて、少なくとも平成9年から現在に至るまで血友病の患者さんにウイルスが感染した事例はありませんね。
羽藤先生ないと認識しています。原料血漿の安全対策をしたうえに、今、吉岡先生からご説明いただきましたように、ウイルス除去、不活化の工程を経ています。そして最終製品の段階でもう一回ウイルス検査をして陰性を確認しています。このように二重、三重もの工程を経て血漿分画製剤が患者さんに届けられています。
新型コロナウイルスと献血血液
吉岡先生コロナ禍の1年半の間に献血現場ではどのような変化がありましたか。
羽藤先生献血者がたいへん減りました。献血バスによる企業訪問等が難しくなりましたし、繁華街にある献血ルームも人流がないので苦しい状況でした。ただ、どうにか全国的には献血者は確保できています。日本の皆さんの善意のお気持ちをつくづくありがたく思っているところです。
吉岡先生それをお聞きしてほっとしました。輸血や血漿分画製剤を介して新型コロナウイルスが感染する可能性はないといっていいでしょうか。
羽藤先生感染者の血液中にウイルスの遺伝子はまれに検出されますが、それを取り出して培養しても、生きたウイルスが分離できた例はありません。これまで世界中で約2.5億人が感染しているなか、輸血で感染した事例は1例もありません。
吉岡先生既感染者、あるいはワクチン接種者からの献血における指針を教えてください。
羽藤先生新型コロナウイルスワクチン(mRNAワクチンを含むRNAワクチン)接種から48時間を超えると献血可能です。新型コロナウイルスのRNAワクチン以外のワクチンについては、現時点ではご遠慮いただくということになっています。既感染者は症状消失後(無症状の場合は陽性となった検査の検体採取日から)4週間が経過し、回復後に治療や通院を要する後遺症がなく、問診等により全身状態が良好であることが確認できた場合、濃厚接触者は接触から2週間以上を経過すれば献血可能となっています。
災害時の血液供給も万全を目指す
吉岡先生最近、自然災害も増えていますので、大きな洪水が起きた際など、血液の配送などで支障を来すことはありますか。
羽藤先生日本赤十字社としても対策を講じているところです。寸断された道路や橋ではドローンを使って輸血製剤を向こう側に渡す試みがなされています。最新のテクノロジーを使って大きな災害の時にも輸血製剤を病院に届けることができるように計画されています。
吉岡先生国家的な事業として血液事業があって、献血では最先端にして最高の安全策が取られています。そこで得られた原料血漿を使って、製薬企業も自社にできる最高の安全性への取り組みを行っています。羽藤先生のお話で、このことが患者さんにもドクターにも理解していただけたと思います。誠にありがとうございました。
血液凝固第Ⅷ因子製剤ができるまでと安全確保対策
(2021年Vol.69冬号)
審J2111180