CLOSE UP HEART

第17回 血友病インヒビターの治療について

奈良県立医科大学名誉教授で本誌監修の吉岡章先生が、血友病の専門医(家)にインタビューする「クローズアップ・ハート」。第17回は、血友病インヒビターの研究と治療について奈良県立医科大学小児科学教室教授の野上恵嗣先生に伺います。吉岡先生、白幡先生らが企画し取り組んでこられた、多数の患者さんを対象とするインヒビターについての調査結果も踏まえ、新たな知見に基づくお話を聞かせていただきました。

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奈良県立医科大学
小児科学教室 教授
野上 恵嗣先生
野上 恵嗣先生 プロフィール
  • ●1991年 自治医科大学 卒業 以降、僻地医療を含む地域医療に従事
  • ●2000年 奈良県立医科大学救急医学 助手
  • ●2002年 米国NY州ローチェスター大学生化学教室 留学
  • ●2005年 奈良県立医科大学小児科 助教
  • ●2009年 同上 講師
  • ●2012年 同上 准教授
  • ●2021年4月 同上 教授
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奈良県立医科大学
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第Ⅷ因子、第Ⅸ因子を異物としてしまう反応

吉岡先生血友病の治療においてインヒビターは大きな課題です。インヒビターとはどんなものなのか、その発生の時期や頻度についてもお聞かせください。

野上先生血友病患者さんは、特に重症型では血液凝固第Ⅷ因子あるいは第Ⅸ因子が血中に存在していないため、免疫が寛容されていない状態です。その状態で第Ⅷ因子あるいは第Ⅸ因子製剤が投与されると、これらを異物と認識して抗体が出現します。これを同種抗体といいます。同種抗体には、単に結合するだけの抗体と、機能まで全部消失させる抗体があり、前者を非中和抗体、後者を中和抗体(インヒビター)といいます。したがって、インヒビター存在下では第Ⅷ因子あるいは第Ⅸ因子製剤を投与しても、第Ⅷ(Ⅸ)因子を機能させない状態になります。インヒビター発生に注意が必要な時期として、製剤投与歴がない(Previously-untreated patients: PUPs)乳幼児期です。上記のわが国でのインヒビター発生機序の研究でも、登録された約400人のPUPs血友病患者のうち、インヒビター出現患者の約90%は凝固因子製剤の投与開始25回目までにインヒビターを発生し、その中央値は10回目でありました。ただし、投与回数が25回以上になってくるとインヒビターの発生率は著しく低下します。また、軽症型も注意が必要です。出血や手術時での大量かつ集中的に製剤を投与した際にもインヒビターが出現しやすいこともいわれています。インヒビターの発生頻度は、上記の研究で血友病Aの重症型は約30%、血友病Bは10%程度の出現率でした。

吉岡先生軽症でもインヒビターが発生することがあるというのは、軽症患者さんにとっては大事なところですね。インヒビターが発生しやすい患者さんと発生しにくい患者さんはいますか。

野上先生特に新生児・乳児期に頭蓋内出血等の止血管理で大量に製剤を投与された場合は発生しやすい傾向があります。したがって、新生児・乳児期の頭蓋内出血をいかに防ぐかがインヒビターを発生させないことにもつながってきます。また、世界的にも、インヒビター保有家系は出現しやすい傾向がありますので、家族歴も重要です。

遺伝子検査をする意義

吉岡先生家族歴というのは、遺伝子のレベルでこの家系が発生しやすい、発生しにくいということはあるのでしょうか。

野上先生重症血友病Aでは、第Ⅷ因子の遺伝子の中で大きな欠失(欠落)や逆位(入れ替わり)がある場合、インヒビターが発生しやすいといわれていましたが、わが国でのインヒビター研究からも明らかになりました。

吉岡先生血友病の診断がついた時点で、家族歴を丁寧にみて、さらに遺伝子検査をすることの意義はあるのでしょうか。

野上先生遺伝子検査をすることで、今後のインヒビター出現の可能性や、治療戦略を立てやすくなる部分はあるかと思います。一方、遺伝子検査の結果はご家族・ご家系に関係することになってきますので、その結果の解釈と十分な説明は専門医が行うべきと思います。

吉岡先生そのことは、私も非常に重要だと思います。遺伝子検査をする前には、事前に遺伝カウンセリングを行い、検査によって何が分かるのか、どのようなことが起こるのかということをきちんと説明し個人情報を管理しながら行うべきです。

治療は中和補充療法、免疫寛容導入療法(ITI)、バイパス止血療法

吉岡先生血友病Aでインヒビターが発生すると患者さんにとってどんなデメリットがありますか。

野上先生インヒビター値が低ければ多めの第Ⅷ因子を投与する中和補充療法で有効ですが、ある程度の値以上になると第Ⅷ因子の効果が全くなくなります。

吉岡先生血友病Aインヒビターの治療について一般的な流れを教えてください。

野上先生血友病Aインヒビターの治療には、止血治療として、第Ⅷ因子製剤を投与してインヒビターを中和させ、さらに止血レベルに達するまで補充する中和補充療法と、第Ⅷ因子を利用せずに凝固の外因系を利用して凝固作用をもたらすバイパス止血療法があります。これらの治療法は、インヒビター値により異なります。インヒビター値はベセスダ単位(BU)で表されます。5BUを超えている場合は、バイパス止血製剤にて治療します。一方、5BU未満の場合は、中和補充療法も選択肢として考えられます。また、根治を目指し、多めの第Ⅷ因子を継続的に投与してインヒビターを完全に消失させる免疫寛容導入療法(ITI)も行います。

吉岡先生中和補充療法に使用する第Ⅷ因子製剤として、血漿由来製剤やリコンビナント製剤、または半減期標準型と延長型の間で効果に差はありますか。

野上先生血漿由来製剤とリコンビナント製剤とでは効果の差を感じたことはありません。半減期に関しては、インヒビター値が1BU未満の場合、中和補充療法にて半減期延長型製剤を投与することで、効果が延長している感じはあります。ただし、これは中和抗体に対して第Ⅷ因子製剤を投与することで、中和抗体が一時的に中和され、第Ⅷ因子製剤の効果を認めるためにインヒビターが無い状態と同様であると考えられます。半減期延長型製剤は標準型製剤より効果は延長するようであり、投与回数の軽減の利便性は向上しますが、インヒビターを消失させることにおいては、半減期延長の有無による差ではないと考えます。したがって、当院では基本的に半減期標準型製剤を使用しています。中和補充療法は、普段の投与量より多く投与しますので、インヒビターを一時的に消失させる効果が同等であれば、医療経済的に低コストである半減期標準型製剤を使用しています。専門家として、医療経済的な観点を考慮し、より低コストで高い効果を心がけて治療に臨むべきと考えています。

吉岡先生次に免疫寛容導入療法(ITI)について、説明してくださいますか。

野上先生第Ⅷ因子を通常より投与量、投与回数を多めにしてインヒビターを消失させる治療方法であり、このようなインヒビターを消失させる治療法は血友病だけであります。基本的には、インヒビターが発生するまで投与されていた製剤を使用してITIを行います。

吉岡先生バイパス止血療法は長年行われていて一定の成果が出ています。今後のバイパス止血療法の役割についてどう思われますか。

野上先生基本的に出血時には絶対に欠かすことのできない治療法です。最近、インヒビターの止血管理に、第Ⅷ因子を代替する治療薬が投与される機会が増えてきました。しかし、この治療薬で止血管理を行っても、手術や出血等のイベントがある際はバイパス止血療法が必要になります。

吉岡先生血友病Bのインヒビター発生頻度は低いとされていますが、その治療と気をつけるべきことはありますか。

野上先生インヒビター患者さんへの第Ⅸ因子製剤投与時に、急に顔色が悪くなったり、蕁麻疹、アナフィラキシーショックという、アレルギー反応が起きたりすることがありますので、基本的には免疫寛容導入療法(ITI)や中和補充療法はあまり実施されず、バイパス止血療法が行われることが多いです。

インヒビター発生をいかに避けるか

吉岡先生インヒビターが発生しないように、どんなことを心がければよいですか。

野上先生まず、新生児・乳児期の頭蓋内出血や集中的に止血管理を行うようなイベントを避けることです。また、遺伝子検査でインヒビター発生リスクが高い遺伝子変異かどうかも確認することもよいでしょう。治療法において、定期補充療法と出血時に投与するオンデマンド療法では、オンデマンド療法の方がインヒビター発生率はかなり高いという報告がありますので、定期補充療法を勧めています。ワクチン接種と第Ⅷ(Ⅸ)因子の投与を同日に行うとインヒビター発生率が上がるという懸念がありましたが、同日に実施してもインヒビターの発生率には差がないことを我々の研究報告で明らかになりました。

今後のインヒビターについて

吉岡先生将来、遺伝子治療が成功すればインヒビターはなくなるのでしょうか。

野上先生遺伝子治療は、20歳以上でインヒビターの無い方が対象となっています。20歳未満の方は遺伝子治療の対象外であるため、今までの治療と変わらずインヒビターの発生リスクを抱えています。インヒビター保有の方は遺伝子治療の対象外となります。今後は、インヒビター保有の方でも実施可能な遺伝子治療を確立することが重要であり、現在研究を進めています。

吉岡先生今後、遺伝子治療が普及してくると、遺伝子治療をした20歳以上の方に凝固因子製剤は必要なくなるのでしょうか。

野上先生血友病B患者は、遺伝子治療成功後の凝固因子活性が10%以上あれば、出血することは少ないので、第Ⅸ因子製剤を投与する頻度は大変少ないと思います。しかし、血友病A患者の場合は、遺伝子治療後に少しずつ凝固因子活性が低下してくるケースがあるため、これからも出血時には第Ⅷ因子製剤は必要な製剤です。

吉岡先生それでは、最後にメッセージをお願いします。

野上先生これまでの血友病医療は、定期補充療法の導入で出血回数を減らすことが目標でしたが、今では血友病でない人と同じような日常生活を送れることが目標になっています。今後はインヒビターをいかにゼロにするかが重要であると思います。

吉岡先生今日は貴重なお話を誠にありがとうございました。

(2022年Vol.70春号)
審J2203303