第18回 血友病保因者の健診・診断について
本誌監修の吉岡章先生が、血友病の専門医(家)にインタビューし、一つのテーマを深く掘り下げる「クローズアップ・ハート」。第18回は、血友病保因者、女性血友病患者の健診・診断について、大阪医療センター血友病科/感染症内科医長の西田恭治先生にお聞きしました。西田先生は、血友病患者に比べて、保因者が適切な支援を受けられていない実情を、欧米の状況とも照らし合わせて、お話くださいました。
声を上げにくい保因者、女性血友病患者
吉岡先生どのような方が血友病保因者や女性血友病の患者さんに該当するのでしょうか。
それぞれの種類や、人数も教えてください。
西田先生血友病保因者は家族歴によって確定保因者と推定保因者に分類されます。確定保因者は、たとえば血友病患者の娘さんのように、保因者診断をせずとも確定している方々です。推定保因者は保因者の可能性があり、保因者診断の対象となる方々です。血友病保因者とは、2本のX染色体のうち1本に病因遺伝子変異をもつ女性と定義されています。昨年、国際血栓止血学会は血友病専門家や患者と共に、凝固因子活性が40%以下の保因者を女性血友病と命名すると定義しました。
吉岡先生ずいぶん変わりましたね。
西田先生はい。グローバルにはそういった方向になっています。ただ、40%以上の凝固因子活性があっても出血の著しい方がおられますし、40%以下でも出血しない方もおられます。また、日本の社会状況として血友病と呼ばれたくない方もおられます。40%で決めていいのかという医学的・社会的議論の余地はあると思います。保因者の人数は、血友病患者さんのお母さん、おばあさん、おばさん、従姉妹、姉妹、姪そして娘さんと、一人の患者さんの後ろに数倍はいらっしゃる。
吉岡先生保因者で出血症状がある人は、女性血友病患者と言っていいのでしょうか。
西田先生私はそのように思ってます。止血治療の必要な保因者は女性血友病として特定疾患の対象としています。血友病保因者は女性ですので、人生の中で男性に比べて出血の機会が多く、月経過多、産後出血で半数近くの方がお困りのようです。アンケートでは保因者の8%が関節内出血を経験しておられ、また、健常女性に比べて関節可動域が狭いとの報告もあります。にもかかわらず保因者であるお母さんは、血友病患者の息子が出血で困っているのだから、自分がこの程度で声を上げるのは申し訳ないと黙っておられる方もいらっしゃいます。このような女性を、hemophilia(血友病)をもじってshemophiliaと呼んでいるアメリカ人医師もおられます。血友病保因者で出血症状に悩まれている方は、我慢せずに医療者へ相談していただきたいです。
治療が必要な保因者への支援
吉岡先生大変重要なことを聞かせていただき、ありがとうございます。では凝固因子製剤の投与や、その他の治療が必要な保因者について、詳しくお願いします。
西田先生月経過多を我慢しておられる方は非常に多いですし、高齢になると手術治療が必要な機会も出てきます。当センターで凝固因子製剤を補充しながら膝の変形関節症の手術をした方は、他院での術前検査でAPTT*が基準値を超えていることを指摘されて初めて息子さんが血友病患者であることを明かし、止血管理が必要という事で当センターに転送されました。
もう一点。月経過多などで中等度~高度な鉄欠乏性貧血の方がおられます。自覚症状に乏しいので、健診・検査が必要です。治療は鉄剤の服用で、容易です。
吉岡先生医療側が、凝固因子やAPTTのデータを丁寧にみることが大事ですね。また、保因者の可能性のある方も、必要に応じてそのことをおっしゃっていただくといいですね。貧血対策も大切ですね。
西田先生月経を軽減させる方法を提案させていただくと「人生変わりました」とおっしゃった方もおられます。
保因者健診のメリット
吉岡先生ではどのような方が保因者診断の対象になるでしょうか。
西田先生推定保因者が対象になります。ただ、診断の前に、我々が推進しているのは保因者健診です。健診は、推定保因者にも確定保因者にも、フィジカルとメンタルの両面からメリットがあります。フィジカルの面では、気付かれていない出血傾向を洗い出して対応できますし、将来、大出血を起こした時や手術への備えもできます。メンタル面では、血友病の子を産んだことへの心の負担の軽減ができます。現代の血友病治療をご存じない方もたくさんおられて、お父さんやおじさんが血友病だから自分は結婚しない方がいいとか、子どもを産まない方がいいなどと人生設計を制限しておられる方も少なくありません。現代のアップデートされた医療環境をご説明し、適切な人生設計をしていただくことが大きなテーマです。100人以上の保因者健診をしてきましたが、検査等よりそうした話を聞けたことがよかったという方がたくさんおられます。こうした保因者健診の一部として保因者診断があります。
吉岡先生では、具体的な保因者診断の方法について教えてください。
西田先生検査としては2つありまして(家族歴の聞き取りで検査しなくとも確定保因者は分かります)、凝固因子の量から保因者である確率を推測する方法と、遺伝子検査です。凝固因子の量からの推測は個人差があり、断定的なことを言えないのが難点です。一方、遺伝子検査は家系の中の発端者と同じ変異(異常)が見つかれば、保因者であると決定できます。しかし、検査できる医療機関が限られていますし、家系の中で発端者が死亡されているなど、おられない場合は検査できません。結婚を控えて、保因者でない証明を求める方もおられましたが、保因者であるということは言えても、100%保因者でないとは言えないのが現状です。
吉岡先生難しいところですね。私は早くから遺伝カウンセリングをやらなければいけないと考え、実際に日本人類遺伝学会の第1回認定カウンセラー(1976年)になっています。診断の周辺にカウンセリングがないと、血友病をどう抱えていくのかの包括医療ができないですね。
西田先生おっしゃる通りです。日本は血友病に特化した遺伝カウンセラーはなかなかいらっしゃらない。
吉岡先生これは永遠の問題のように思います。血族に血友病患者がいる場合、保因者診断を勧めた方がよいでしょうか。
西田先生診断よりまず「健診」に足を運んでいただいて、お話をさせてもらいたいのです。ある患者さんのお母さんから「妹の出産時の吸引分娩で、新生児に頭蓋内出血が起きてしまいました。私は妹が保因者かもしれないと思いながらアドバイスを躊躇してしまい、責任を感じています」というお話をうかがいました。それはこの方が一人で背負い込むことではなく、医療者にも責任があります。各家庭での保因者の可能性を認識しておくことが非常に大切です。
保因者も健常者と変わらないQOLを
吉岡先生血友病保因者の健診と支援を広めるためになさっている活動について教えてください。
西田先生これまでは血友病患者さんの治療にのみ焦点が当たりがちでしたが、私の講演の中で保因者支援の必要性をお話しするうちに関心をもっていただけて、今では医療者からも患者さんのご家族からも、保因者に関する講演のご要望が非常に多いです。保因者の妊娠・出産についてのガイドラインもできました。海外でも、WFHが保因者をはじめ女性の止血異常症のwebセミナーを毎年行うなど意識が高まっています。
吉岡先生産科で一番怖いのは出血(母子とも)ですから、小児科医と産婦人科医はかなり前から議論を深めていました。保因者支援について、今後、目指すべき方向をお聞かせください。
西田先生従来は血友病患者さんに出血をさせないことが目標でしたが、WFHはすべての人がどの地域に住んでいても健常者と変わらないQOL(quality of life)の実現を目指すというガイドラインを出しました。私は保因者についても、そうでなければいけないと思います。
吉岡先生〝健常者と変わらないQOL〞。大変いいフレーズです。今日は貴重なお話を本当にありがとうございました。
(2022年Vol.71夏号)
審J2207388