第19回 血友病の個別化医療について(小児と成人の視点から)
本誌監修の吉岡章先生が、血友病の専門医(家)にインタビューし、一つのテーマを深く掘り下げる「クローズアップ・ハート」。第19回は、血友病における個別化医療の実態や将来像について、広島大学病院輸血部の部長/准教授である藤井輝久先生に留意点や効果について、小児科の観点からは、同大学大学院医系科学研究科小児科学の溝口洋子先生にお話しいただきました。
個々の成長段階、生活や他疾患に留意した治療が必要
吉岡先生まず、個別化医療とはどういうものでしょうか。
藤井先生一般的な個別化医療とは、患者さんに合わせた最適な治療を行うということだと考えております。治療ガイドラインに基づいて医療を行っていけば、7割くらいの方は当てはまっていく。ただ、やはり20~30%の人は当てはまらない。そういうところを前提にして、患者さんに合わせた注射薬の選択とか、レジメン(治療計画)の選択をする。特に血友病の場合は、活動度に応じて、活動時間に高い活性を得られるようなやり方を考えていくのが個別化医療と思います。
吉岡先生小児科における個別化医療というのは、内科と少し違うところがあると思いますが。
溝口先生小児特有の問題としましては、常に発達段階にあるということです。成長・発達の段階を見ながら治療を考えていく必要があります。また、スポーツなどの活動性が劇的に変化する年代でもありますので、成人に比べ変化が激しいと考えています。
藤井先生より個別化した医療が必要なのは小児科であることは間違いないと思います。成人は、体格的にもある程度一定になりますし、活動量の劇的な変化は少なくなります。但し、齢を重ねることで生活習慣病が問題になります。また、関節症をお持ちの方がほとんどという状況です。具体的な例ですと、高齢化とともに血栓症のリスクが上がってくるので、輸注量をあまり多くしてもリスクが存在することになります。
吉岡先生個別化医療について、血友病と他の疾患との違いは何かありますか?
藤井先生血友病がほかの疾患と違う点は、やはり自己注射をしなくてはいけないということですね。凝固因子製剤を週2~3回打っている人が、1カ月打たないと必ず出血を起こすことになります。そういう目の前のデメリットが患者さんに返ってきます。また、齢を重ねると、関節症のために自己注射が出来なくなるとか、家庭で注射をしてくれる人がいなくなるケースもあります。様々な状況に応じて個別に治療をしていくことが、血友病の特徴と思っています。
患者さんのQOLを向上させるための個別化医療を
吉岡先生血友病の治療において、個別化医療の患者さんへのメリット、デメリットは?
藤井先生患者さん自身が注射をする、あるいは家庭輸注が必須の疾患なので、それを継続するのもなかなか難しいところですが、個別化医療のメリットは全ての患者さんにあります。一方、いわゆる医療サービスの提供が医師の個人的判断になってしまうことがあるので、その検証が臨床現場で十分にされていないというデメリットはあり得ます。
吉岡先生血友病の小児科医療をする上で気にしなくてはならない点はありますか?
溝口先生藤井先生がおっしゃるように、その診療が患者さんにとってベストかどうかは主治医の判断になります。ガイドラインに沿っていれば大きく外れることはなく、またPK(薬物動態)*についてもある程度訓練された医師であれば判断できると思います。しかし、専門医のいる血友病診療ブロック拠点病院や血友病診療地域中核病院などにアクセスできない患者さんは個別化医療を受けられないという格差が生じる可能性はあると思います。
※薬物が体内に投与されてから消失するまでの一連の動き藤井先生個別化医療というのは、患者さんにとって都合のいい医療に陥りやすい恐れがあります。それが医療者側の求めている、出血ゼロやQOLの向上というものと少しずれていることがあります。本当ならこういう治療をしたらもう少しあなたのQOLが向上するはずなのに、そっちの治療を選択してくれない、というふうに陥りやすいと思っています。
吉岡先生血友病の個別化医療は、世代や生活スタイルによって違いはありますか?
藤井先生血友病Aは、小児期より成人期のほうが第Ⅷ因子の半減期が長くなります。従って世代や運動量などによって製剤選択は個別に考える必要があるだろうと思います。
吉岡先生個別化医療は、血友病性関節症の発症を予防することにもつながりますか?
藤井先生血友病治療における個別化医療は、定期補充療法に該当すると思います。血友病関節症を発症する人を少なくするために、血友病診療ガイドラインができ重症の患者さんを中心に定期補充療法が普及されてきました。現在は、軽症の患者さんも含め出血をゼロにすること、つまり血友病関節症の発症を予防することが個別化医療の目標と思っています。
吉岡先生血友病で個別化医療を取り入れることで、患者さんのQOLは向上しますか?
溝口先生小児の場合、身長と体重のほかに発達段階もさまざまです。さらに発達障害の方もいらっしゃいますので、その子たちに、10歳になったからといって一様に自己注射を導入するというのも難しいところがあります。患者さんの状況に応じた医療を取り入れることでQOLは向上し、家族全体で受け入れやすくなると思います。
藤井先生大人でも、QOLの向上を目的に投与量や投与方法の変更を勧めても「今までこれでうまくいっているから変えたくない」など、受け入れられないことが多々あります。個別化医療を取り入れるためにも、その患者さんの輸注記録と症状をしっかりみて、治療法を勧める必要があります。
血友病の個別化医療に必要なものは?
吉岡先生血友病の個別化医療を行うにはどのような診断や検査データが必要ですか?
藤井先生PKプロファイル*が重要になります。以前のように9回、10回と採血をして確認する必要はないと思います。2、3回採血し、凝固因子活性を測定し、プログラミングソフト等を活用することで自身のPKを推測することができます。特に内科では、関節症をお持ちの方が多いので、関節症の部位、関節症がある関節の可動域、正常な関節部分等をまず把握した上で、PKプロファイルをもとに個別化医療を提案する必要があると考えています。
※患者個々の薬物動態を知ること溝口先生小児科もPKプロファイルが非常に重要だと思っています。小児期はクリアランスが高く半減期も変動しますので、2、3年に1度はPKプロファイルをとるようにしています。関節症については、10歳を超え活動期に入る頃から滑膜炎が増えてくる傾向があるので、関節エコーの所見を重視して投与計画を考えるようにしています。
吉岡先生治療方法ごとに個別化医療の考え方や製剤の選択方法に違いはありますか。
藤井先生血友病の場合、個別化医療を考えるうえで、定期補充療法を選ぶのか、オンデマンド療法*を選ぶのか、予備的補充療法を選ぶのかという考え方が基本だろうと思います。しかし現時点では定期補充療法がスタンダードな治療法であり、大半の方がその定期補充療法を選ばれています。オンデマンド療法や予備的療法は、生活習慣や、出血した時に取り入れていると思われます。一方、定期補充療法を行っていない軽症の患者さんなどは、オンデマンド療法や予備的補充療法を組み合わせて出血を予防することで、個別化医療を行っていると思います。
※出血時止血治療吉岡先生血友病の個別化医療をするにあたり、遺伝子検査を行うことは有用でしょうか。
溝口先生現在、第Ⅷ因子を代替する皮下投与製剤が普及しており、今後乳幼児期から代替製剤しか使用したことがない患者さんが増えてくる可能性があります。こうした患者さんにおいては、第Ⅷ因子製剤投与によるインヒビター発生のリスクを知る上で、遺伝子検査は重要になってくると思っています。
より充実した個別化医療を
吉岡先生個別化医療を巡る海外での動きとわが国の動きに違いはありますか?
藤井先生欧米などではナショナルレジストリ(全国的な患者登録システム)があります。そのデータには当然、遺伝子のプロファイルも登録されています。そのような遺伝子情報も含めて、個別化医療が行われていると思いますので、その面では日本は少し遅れている点は否めないと思います。ようやく日本でも血友病診療ブロック拠点病院ができ、診療連携が整いつつありますので、それらを中心に患者さんの遺伝子の情報を含めたレジストリー制度を導入することで、国内の個別化医療が発展するものと思っています。
吉岡先生血友病の個別化医療の課題と目指すべき方向についてお考えを教えてください。
藤井先生個別化医療を行う大前提として、ガイドラインが存在する疾患は、ガイドラインを参考に治療することが大事なことだと思います。その上で、ガイドラインに当てはまらない人に対して、個別化医療を考えるべきであり、なんでも自己流にすることは避けるべきと思っています。個別化医療は、患者さんにとって最適な治療法を提供することです。しっかり患者さんとコミュニケーションを取り、血友病の個別化医療に必要なデータをきっちり揃えて提供するということが大事なことだと思います。
(2022年Vol.72冬号)
審J2210492