第20回 血友病の関節ケアについて
本誌監修の吉岡章先生が、血友病の専門医(家)にインタビューし、一つのテーマを深く掘り下げる「クローズアップ・ハート」。第20回は、血友病性関節症のケアについて、東京医科大学病院臨床検査医学科の近澤悠志先生にお聞きしました。関節症の検査、評価、治療などを含むケアについて、患者の希望に寄り添い、他科や他の医療機関と連携して「目線を合わせていく」ことの大切さをお話いただきました。
違和感を見逃さず、早めの相談が肝要
吉岡先生血友病性関節症(以下関節症)とはどんな状態のことをいうのでしょうか。その発生メカニズムを教えてください。
近澤先生関節の内部は滑膜と呼ばれる膜で覆われていて、血友病患者さんが出血するとその血液を滑膜から吸収するというシステムがあります。出血を繰り返すと、滑膜自体が増えて、よりその血液を効率よく吸収しようとしますが、滑膜組織はかなり弱いものですので、少しの機械的刺激*で出血を繰り返します。するとだんだん周りの組織を壊しながら出血と寛解を繰り返していくということになります。その流れの中で、軟骨や骨にも炎症が及んで、最終的には軟骨が消失し、骨同士が癒合して動きが悪くなり、痛みが出たりします。それが血友病性関節症です。
※ 機械的刺激とは、関節の伸び縮みなどで細胞や組織などが体内で常に受け続ける刺激のこと。吉岡先生関節ケアとはどういうものでしょうか。
近澤先生まず一番大事なことは、痛みや違和感があればそれを放置せず、医療機関でしっかり相談、対応していくことが出発点です。以前は運動せず安静にといわれていましたが、最近は関節の維持には筋力も重要といわれていますので、注意しながらもしっかり運動していくことも大事です。
吉岡先生一度関節症を発症してしまうと、元の関節に戻すことは難しいのですか。
近澤先生滑膜の増殖と炎症が起こり、やがて軟骨に影響が出て、骨が破壊されてしまいますが、その前の滑膜が増殖する段階で進行を抑えることができれば、元に戻すことはできると捉えています。その段階で凝固因子製剤による定期補充療法を強化する、あるいは整形外科的に滑膜を取り除くことで軟骨を守ることなどが有効です。それ以上、軟骨の損傷をきたすような状況になると、今の保険診療内ではなかなか元に戻すのは難しくなります。
吉岡先生そうですね。軟骨や骨が破壊されてしまうまで放っておかないことが重要ですね。
関節症になると、すぐにも手術が必要となるのでしょうか。
近澤先生整形外科的な滑膜切除も手術の一つとなります。一般的に滑膜切除は関節内視鏡下で行われますので、院内に血友病性関節症に造詣が深い整形外科医がいらっしゃれば相談が可能かと思います。ただ手術に関しては、患者さん自身のご都合やご希望とすり合わせていくことが多いですね。
吉岡先生すでに関節症がある場合、進行(悪化)させないためにできることはありますか。
近澤先生大きく4つあると思います。1つ目は、関節症のあるなしにかかわらず、しっかりと定期補充療法を継続すること。2つ目は、筋トレや装具の作成を含むリハビリの介入です。ただし自費診療が発生する場合も多いため、きちんとした説明と同意が必要です。3つ目はヒアルロン酸の関節内注入です。保険適用部位は限られますが、相談してみる価値はあります。最後に整形外科的な滑膜切除、もう少し進んでいれば関節の洗浄というのも手段のひとつです。
吉岡先生患者さん自身が日常生活で気をつけることはありますか。
近澤先生何か負荷が大きいと感じられる行動をとる前に予備的補充療法を日常的に取り入れること。そして何かしらの痛みや違和感があるとき、以前はできていた動作ができなくなったり、関節を動かす時に音が聞こえるようになった時などは医療スタッフに相談してほしいですね。また、最近は有酸素運動を血友病の患者さんにやっていただく場合もあります。患者さんごとに相談しながらですが、この運動には特に問題がなかったという報告も徐々に出てきてます。やはり筋力を鍛えることを、日常的に取り入れていただくことが必要かと思います。
症状のない関節もきちんと経時評価
吉岡先生次に、患者さんの関節評価ですが、どの診療科の先生にしていただくのがいいのでしょうか。
近澤先生まず関節評価をする際に、症状のない関節をきちんと評価することが大事なテーマとしてあると思います。その一般的なツールは、レントゲン検査です。これは内科・小児科でもできますが、やはり可能であれば整形外科や放射線科の先生にコメントをもらいながら実施していくことが理想的だと思います。また最近は超音波(エコー)検査を用いる場合もありますが、これも内科・小児科・整形外科が主になります。当院では医師もしくは臨床検査技師がエコー検査を行い、評価は整形外科やリハビリ科の医師にもコメントをもらいます。MRIは、放射線科の医師と、スコアリングや診るポイントについて相談しながら進めます。また理学療法士が介入して無症状の関節の機能を定期的に評価していくことも大切です。何かしらの所見が見られる場合は整形外科の先生に方針を相談することも多くなります。一人一人の症状に合わせ、有効な方法を探っていくようにしています。
吉岡先生それぞれの検査のメリットやデメリットは何ですか。
近澤先生レントゲン検査はどこの医療機関でも行いやすく、評価のスコアリングがわりと明快です。ただ早期の滑膜や軟骨の状況がわかりにくいのがデメリットです。エコー検査は、電源さえあればどこでも実施しやすい検査で、表層に限られますが見たい方向で観察でき、血流の有無などの性状が観察できるメリットがあります。ただスコアリングの難しさがあり、検査をする人の慣れが影響してきます。MRIは客観性のある所見が得られるのが大きなメリットですが、スコアリングがまだ普及していないのと、小児の場合検査時に安静にさせるのが難しく、鎮静が必要となる場合があるなどの問題点もあります。
吉岡先生関節評価は、どのくらいの頻度で行うのがいいですか。
近澤先生レントゲン写真及び血友病関節健康スコア(HJHS)などの機能評価については、年に1度行うのが理想的です。無症状の関節にエコーを当てるということも併せて行うといいと思います。
吉岡先生関節症がある場合とない場合とで、治療方法や製剤選択に差はありますか。
近澤先生普段の診療では、可動域が制限された関節症の有無よりも、患者さんが日常でどういうことをしたいかということを相談しながら治療方針を決めていくことが多いかと思います。一方で、可動域制限がなく、特に困っていなかった関節に、たまたま画像上で滑膜炎や滑膜の増殖を見つけた場合には、該当する関節局所の安静度を厳しくし、血液製剤の投与量を増やし、様子を見る場合もあります。患者さんと目標設定を相談しながら、やりたいことを実現していくことが大切と考えています。
吉岡先生関節症の有無による製剤の投与方法・投与頻度、あるいは製剤選択というのは、患者さんご本人が望む目的・目標によって左右されるということですね。
検査ツールを活用し情報共有を
吉岡先生関節ケアをするうえでの課題や目指すべき方向についてお考えをお聞かせください。
近澤先生現状で早期関節症の評価に向いているとされる関節エコー検査について、実施可能な施設が限られているという課題があると思います。関節内へのヒアルロン酸注入や滑膜切除に関しても十分な経験を持って、その実績とともに患者さんにお勧めできるという施設もまだ限られていると思います。関節エコーやMRIという今ある検査手段を上手く使いながら、経時的な観察をし、整形外科的な介入が必要かどうかを議論できるツールとして画像検査を構築していけたらと思っています。院内の連携はもちろん、近隣、さらには全国の先生方と情報を共有して、患者さんの関節を、そして日常を守っていきたいですね。
吉岡先生定期的な関節ケアの中で、早期に変化を見つける。そのためには、整形外科医あるいはリハビリ医とよく相談しながら早め早めに対応してくことが重要ですね。本日はありがとうございました。
(2023年Vol.73春号)
審J2303625