第23回 後天性血友病
本誌監修の吉岡章先生が、血友病の専門医(家)にインタビューし、一つのテーマを深く掘り下げる「クローズアップ・ハート」。第23回は、後天性血友病について広島大学病院輸血部の山﨑尚也先生にお聞きしました。遺伝による先天性血友病とは異なる後天性血友病がどのようなものなのか、治療はどのように行われるかなどをおうかがいしました。
症状の特徴は広範な皮下出血と腫れ
吉岡先生後天性血友病とはどのような疾患ですか。
山﨑先生血友病というのは、血管が傷ついた時にそれを固める血液凝固因子が不足する病気です。第Ⅰ(1)因子から第ⅩⅢ(13)因子まである凝固因子のうち第Ⅷ(8)因子が不足するのが血友病A、第Ⅸ(9)因子が不足するのが血友病Bと呼んでいます。先天性血友病は遺伝子異常が原因ですが、後天性血友病は生まれた時には全く問題なかったにもかかわらず、何らかのきっかけで凝固因子がうまく働かなくなるような抗体が体内で作られるようになり、正常に止血できなくなってしまう病気です。
吉岡先生先天性血友病と症状に違いはありますか。また、先天性のようにAとBがありますか。
山﨑先生先天性血友病では、深部出血といわれる関節内や筋肉内の出血が多く認められますが、後天性血友病では、広範囲な皮下出血=紫斑がみられるのが特徴です。紫斑とは紫色のあざのことですね。あとは、筋肉内の出血もあり、こちらは極度な貧血を伴うこともあります。先天性血友病ではAとBの比率が5対1くらいといわれていますが、後天性血友病では9対1かそれ以上でほぼAです。
吉岡先生インヒビター(凝固因子の働きを阻害する抗体)を持つ先天性血友病とはどのように違いますか。
山﨑先生先天性血友病のインヒビターは輸注した第Ⅷ(8)因子や第Ⅸ(9)因子にくっついて止血しにくくするのですが、後天性のインヒビターは体内で産生された第Ⅷ(8)因子にくっつくだけでなく、その塊が第Ⅷ(8)因子以外の凝固因子の働きをブロックしてしまい、止血しにくくするという違いがあるようです。これを患者さんにわかりやすく説明するのは難しいですね。出血する場所は、先天性はインヒビターがあるなしにかかわらず関節内や筋肉内が主で、後天性の場合とはだいぶ違います。
吉岡先生検査方法に違いはありますか。
山﨑先生APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)を基本とした凝固一段法という方法で凝固因子の活性を測定していくのですが、先天性と後天性では、同じ活性値でも出血のしかたが全然違います。後天性の場合は活性値があまりあてにならなくて、活性が高くなったから活動度を上げてよいということにはならないと患者さんに注意をしています。
吉岡先生後天性血友病の病因というのは何でしょうか。性別や年齢、基礎疾患に関係ありますか?
山﨑先生原因ははっきりとはわかっていないです。ただ、リウマチなど自己免疫疾患の患者さんとか、がん患者さんには出やすいと思います。これらの病気は免疫システムのエラーと考えられますから、第Ⅷ(8)因子に対しても自己抗体をつくりやすいと考えます。また、女性では妊娠という状態も発病リスクが高いでしょう。胎児を攻撃してしまわないように母親側が免疫システムを一時的に作り変える際に、第Ⅷ(8)因子を異物として認識してしまえば自己抗体を作り始めてしまいます。これらのことから、後天性血友病の発病年齢を横軸にしてグラフ化すると、妊娠・出産される女性が多い20~30代にひとつの山が、そして60~70代にも大きな山ができます。年齢が高い方が大きな山となっていますが、これは加齢によってさまざまな疾患が出てくるときに、免疫システムのエラーも生じやすいのかもしれませんね。
適切な血液検査が発見の鍵
吉岡先生どのような症状が出た時に、何科を受診したら、後天性血友病とわかりますか。
山﨑先生患者さん自身がご自分の体の異常に気付くとしたら、まず紫斑(あざ)ですね。手のひらよりも大きな紫斑ができます。その他で言いますと、運動や打撲をしていないのに筋肉痛がひどいとか、腫れて痛むとかですね。このような症状だと患者さんは皮膚科や整形外科を受診することが多いでしょう。しかし、後天性血友病は血液検査をしない限り診断にたどり着きません。内科であればまずは血液検査をする流れになりますが、皮膚科や整形外科では積極的に血液検査をする流れにならないかもしれません。
吉岡先生医師に、こういう病気があるということを認知してもらわないといけませんね。
山﨑先生そうですね。患者さんが判断するのは難しいので、理由なく腫れるのは基本的におかしいと思って血液検査を、というふうに他科の医師にも知ってもらうことですね。出血で命の危険がある病気ですので。紫斑の写真などで訴えかけるのもいいかと思います。特徴的なので一度見たら忘れません。
吉岡先生貧血がひどいのも特徴のひとつですね。
治療は免疫抑制と止血の二本柱
吉岡先生後天性血友病の治療はどのように行うのですか?
山﨑先生免疫の暴走が起こっている病気なので、まずはステロイドを用いた免疫抑制療法を行います。抗体価(ベセスダ単位)にもよりますが、ステロイド単独では自己抗体が消えるまでに時間がかかりそうな場合、他の免疫抑制剤も使います。また、出血があれば止血治療も重要となります。この場合、第Ⅷ(8)因子を入れても基本的に止血できないので、第Ⅷ(8)因子を介さないバイパス止血製剤やノンファクター製剤を注射することで止血を図ります。免疫抑制療法と出血治療、これらが後天性血友病治療の二本柱になります。
吉岡先生治療にはどのくらいの時間がかかりますか。
山﨑先生抗体価が高い場合は、1カ月、2カ月は最低でもかかります。そして、出血があれば注射による止血治療が必要ですので、しばらくは入院治療となります。ご高齢の場合、安静により筋力が著しく低下するのでリハビリが必要となることが多く、さらに筋肉が断裂したり血管が切れやすかったりするので、日常的な動作が安心してできるかどうかも注意深く見極める必要があります。
吉岡先生ずっと治療が必要な病気なのでしょうか。再発もあるのですか。
山﨑先生基本的には免疫抑制療法によってインヒビター(抗体)を完全に消失すれば、再発はしません。ですので、治療をずっと続けなくてはならないとか、出血を恐れて生活しなくてはならないということはありません。その点が先天性と異なります。しかしながら、インヒビター消失後から徐々に免疫抑制療法を止めていくのですが、その際に再燃することはあります。ですので、診断される前と同じような症状、あざとか腫れとかが出たら再燃を疑ってすぐに受診してください。
吉岡先生治療中あるいは治療後に日常生活で気を付けることはありますか。
山﨑先生免疫抑制療法によって免疫力が落ちますので、健康なときには問題とならないウイルスや細菌などに感染しやすくなります。発熱などは典型的な症状ですので、「風邪かな?」と様子を見ることはせず、すぐに受診をしてください。体のだるさが感染の初期症状のこともありますので、体調変化を甘く見ないようにしなければなりません。さらに、カビが体内で生えやすい状態でもあるので、庭いじりや水場の掃除などは極力避けることをお勧めします。
吉岡先生後天性血友病の課題はどのようにお考えですか。
山﨑先生免疫抑制療法でうまくいく場合はいいのですが、もしも完全にインヒビター(抗体)が消失しない場合どうするかという問題がありますね。免疫抑制療法をせず止血だけをしっかりしていくという場合、止血剤の投与を定期的継続的に続けていくことの高額医療費の問題も生じます。
吉岡先生後天性血友病の患者さんはどのくらいいらっしゃるのでしょうか。
山﨑先生統計的には毎年100万人に1~2人の発生率といわれています。軽い症状で見過ごされているケースも多いので、実際にはその2~3倍いらっしゃるかもしれません。ご高齢であるがゆえに、ほかの病気でお亡くなりになる場合もあると思われます。
吉岡先生先天性よりも発生率が高いのですね。予防とか対策ができる病気ではないので、われわれ医師が、もっと認知を高めて適切な医療施設に送るなど適切に対応する必要がありますね。
(2024年Vol.76春号)
審J2404018