CLOSE UP HEART

第24回 先天性凝固異常患者と救急搬送

本誌監修の吉岡章先生が専門医(家)にインタビューし、一つのテーマを深く掘り下げる「クローズアップ・ハート」。第24回は、救命救急について三重大学附属病院高度救命救急・総合集中治療センターの鈴木圭先生と、救急救命士として搬送の現場もよくご存じの鈴鹿医療科学大学の富田泰成先生にお聞きしました。誰しもいつあるかわからない救急搬送。血液凝固異常がある人はどのように備えておけばいいのでしょうか?

先生の写真
三重大学医学部附属病院
高度救命救急・総合集中治療センター 救急科
教授・センター長
鈴木 圭先生(写真右)
鈴木 圭先生 プロフィール
  • ●2004年4月 松阪中央総合病院 内科 医員
  • ●2007年4月 三重大学医学部附属病院 血液内科 医員
  • ●2010年4月 三重大学医学部医学系研究科 血液・腫瘍内科学 助教
  • ●2012年10月 三重大学医学部附属病院救命救急センター 助教
  • ●2023年6月 三重大学医学部附属病院 救命救急・総合集中治療センター センター長・教授
  • ●2023年6月 三重大学大学院医学系研究科 救急集中治療医学 教授
  • ●2023年9月 三重大学医学部附属病院 災害医療センター長(兼任)
鈴鹿医療科学大学
救急救命学科
講師・救急救命士
富田 泰成先生(写真左)
富田 泰成先生 プロフィール
  • ●1996年4月 久居地区広域消防組合 入庁
  • ●2006年1月 津市消防本部 入庁(市町村合併に伴い)
  • ●2018年4月 消防司令 任命
  • ●2019年4月 津市消防本部消防救急課(救急担当主幹)
  • ●2021年4月 三重大学医学部附属病院 救命救急・総合集中治療センター 派遣
  • ●2024年3月 津市消防本部 退職
  • ●2024年4月 鈴鹿医療科学大学 保健衛生学部 救急救命学科 着任
病院の写真
三重大学医学部附属病院
〒514-8507
三重県津市江戸橋2丁目174
TEL:059-232-1111(代表)
URL:https://www.hosp.mie-u.ac.jp/

救急救命の現場の実態は

吉岡先生三重大学では年間どのくらいの救急搬送患者の受け入れをしていますか。

鈴木先生当院はこの4月から高度救命救急センターとなり、基本的には3次医療、重症の患者さんを受け入れています。年間2000件くらいですが、今どこでも救急搬送が増えていて、今年は2500件くらいになるのではないかと思われます。

吉岡先生屋上にはドクターヘリもあるのですね。

鈴木先生はい。当院と伊勢赤十字病院が、三重県の基地病院として2カ月交代で運航しています。三重県は縦に長く、海側と山側では気象条件も異なりますので、飛べない時には近県のドクターヘリに助けていただくこともあります。

吉岡先生一般の患者さんは、どのような疾患で救急センターを受診されることが多いのですか。

鈴木先生季節によっても異なりますが、脳卒中、心筋梗塞、あるいは外傷など幅広く受けています。当院ですと3次医療ということで半数近くが外傷になります。

吉岡先生救急車が呼ばれ、到着して、救急救命士さんはどのようなことを聞き調べることから始めるのですか?

富田先生私はこの3月まで津市消防本部に所属しておりました。そこでは、3次医療が三重大学、2次医療(中等症)では市の100床くらいの、当時9病院の中から選定して搬送しますので、きちんと情報を持っていないと選定がうまくいかなくなります。病歴、かかりつけ医もお聞きし、症状をうかがうことは救急隊に定着しています。お薬手帳があればご提出いただきます。そうしたことがスムーズな病院選定の鍵になります。

吉岡先生患者さんに意識がない場合、どのようなことを調べますか。

富田先生全国統一ですが、病態による観察ポイントがあります。例えば脳卒中が疑われるなら脳卒中の病院前救護の学習方法に従って観察します。

吉岡先生救急科では、どの段階まで診療をしてから各専門診療科に橋渡しをするのですか。

鈴木先生状態が安定するまでは私たちの責任でやっています。人工呼吸器がとれて話ができるようになり、昇圧剤を使わなくなるなどです。もちろんその期間も、専門科と連携を取り意見を聞きながら診療をしています。

血友病など先天性凝固異常がある人が搬送される場合は正しい情報伝達が鍵

吉岡先生搬送時に患者さんの持病(先天性凝固異常など)が判明している方はどのくらいの割合ですか。

鈴木先生大学病院ですので、何らかの基礎疾患がある患者さんが搬送されてくる割合が多いですね。ご本人が話せる、またはご家族がいらっしゃると、だいたい把握できることが多いのですが、意識がないとか、身元がわからない患者さんも一定程度いらっしゃいます。血液凝固異常についても、先天性以外にも、いわゆる「血液がサラサラになる薬」を飲んでいることによる出血性病態がある方もいらっしゃいます。採血だけだとそれを服薬しているとはほとんどわかりません。

吉岡先生血友病など先天性凝固異常の患者さんは、普段の生活でさまざまな症状を自覚されているでしょうが、救急車を呼んだ方がいいという判断をすべきなのは、どんな時でしょうか。

鈴木先生われわれの言葉でバイタルサインというのですが、呼吸の状態がおかしい、意識の状態がおかしい、あるいは血圧がいつもより低いなどといったことがあれば救急車を呼んでいただいた方がいいと思います。いつもと状態が大きく違うというのは重要です。

吉岡先生出血は外出血だけじゃないですからね。内出血は目には見えないので、普段と状態が違うというのは大きなポイントですね。

吉岡先生血友病など先天性凝固異常の患者さんが万が一搬送される場合に備えて普段からしておくべきことはありますか。

富田先生血友病に限りませんが、特定の病気にかかられている方は、それをわかりやすく示していただくのが一番いいと思います。「患者カード」というのは非常に有効です。それを見るだけで、救急隊員はどういう行動をとればいいかがわかります。患者カードに病歴、主治医が書いてあれば非常に助かります。お薬手帳も重要で、薬の種類によって搬送先の病院を選ばなくてはならない場合もあります。

事故や災害時には、血友病患者さんとして適切に対処する必要があります。病名や通院先、主治医などを記入したカードを所持しておくと便利です。ご希望の際には主治医に申し出てください。

吉岡先生血友病AかBか、インヒビターはどうか、血液型等々がわかるのは病院に搬送されてからでもいいですか?

鈴木先生しっかりと到着時に把握できればそれでもいいのですが。事前にわかれば、血液製剤や輸血製剤の用意、どのような治療をするかの判断材料になり診療のスピードが変わってきますので、わかるに越したことはありません。血友病は有名な病気ですが、医師側もそんなにたくさんの症例を経験しているわけではありません。どこの病院にも専門の医師がいるわけではないので、情報がないと診断や治療がスムーズにいかないこともあるでしょう。一方、希少ではあるけれど治療方針が確立されているので、病歴が事前にわかっていることは、治療の大きな助けになります。

吉岡先生先天性凝固異常症は可能な限り専門性の高い病院に運んでもらうようにした方がいいですか。

富田先生現在のルールでは広域搬送よりもその地域で完結させるようになっています。今後必要に応じてルールを見直すということもあるかもしれませんが、消防独自で判断をするのは難しいのが現状です。

吉岡先生いったん地域の主要病院に搬送されても、治療の内容によっては病院や医師同士の連携で専門性の高いところに転院することもできるのですね。

鈴木先生そうですね。出血を除く内因性疾患の場合、まずは診断をつけてもらってということでいいと思います。また、主治医のいらっしゃる病院というのは、データが蓄積されているので有利です。そのへんは個々にバランスをとりながらですね。インヒビターなど治療薬を選ばなくてはならない場合、搬送先の病院にそれがないということもあります。

万が一に備えて「患者カード」の携行を

吉岡先生「患者カード」は普段から携行していた方がいいですね。

鈴木先生血友病患者さんは、出血をしていなければ活発に活動している方も多くいらっしゃいます。旅行先など地元以外で何かあったときのためにも、持っていれば安心できます。

富田先生もしも携行していない場合でも、病院からカードをもらっているということを言っていただくだけでも搬送がスムーズになります。

吉岡先生個人情報になりますが、HIVやB型・C型肝炎など、血液の感染情報も患者カードに書いておいたほうがいいですか?

鈴木先生救急隊、医療機関ともに、感染対策は万全にしていますので、医療従事者への感染の心配はありません。ただ、例えばその感染をこちらが知らずに、普段飲んでいた薬が中断してしまうなどご本人の不利益がある場合も考えられます。

吉岡先生搬送先を選ぶうえでも、搬送先での治療でも、「患者カード」はかなり重要なものになりそうですね。

鈴木先生先天性の凝固異常症は、診る人が診たらわかるけれど、通常の検査ではわからない場合もあります。別の疾患で搬送されて凝固異常症を知らずに手術に進むということも起こり得ます。

吉岡先生高齢化、独居化が進んでいますが、いざという時身を守るために、病気の情報を周囲の人と共有しておくことも大切ですね。

(2024年Vol.77夏号)
審J2408111