CLOSE UP HEART

第26回 フォン・ヴィレブランド病について知ろう

本誌監修の吉岡章先生が専門医(家)にインタビューし、一つのテーマを深く掘り下げる「クローズアップ・ハート」。第26回は、血友病の類縁疾患といわれるフォン・ヴィレブランド病について、2008年に渡米して研究を続け、昨年日本に帰ってこられた九州大学医学研究院の金地佐千子先生にうかがいます。血友病との共通点や異なる点、メカニズム、どういう症状があれば受診したほうがいいのかなど、知っておきたいものです。

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九州大学医学研究院
臨床検査医学分野
准教授
金地 佐千子先生
金地 佐千子先生 プロフィール
  • ●1996年 九州大学医学部附属病院 第一内科入局
  • ●1997年 国家公務員共済組合連合会 浜の町病院
  • ●2000年 米国スクリプス研究所 リサーチアソシエイト
  • ●2003年 佐賀大学医学部 分子生命科学講座分子医化学分野助手
  • ●2003年 同 助教
  • ●2008年 ウィスコンシン血液センター 血液研究所 ポスドクフェロー
  • ●2012年 同 リサーチサイエンティスト
  • ●2013年 米国スクリプス研究所 シニアリサーチアソシエイト
  • ●2017年 同 シニアスタッフサイエンティスト
  • ●2024年 現職
  • ●日本血液学会評議員ほか 日本臨床検査医学会臨床検査専門医、日本臨床検査医学会臨床検査管理医
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九州大学医学研究院
〒812-8582
福岡市東区馬出3-1-1
TEL:092-641-1151(代表)
URL:https://www.med.kyushu-u.ac.jp/

家系に関係なく、男性にも女性にも起こる出血症状

吉岡先生フォン・ヴィレブランド病はあまり一般の方は知らないようですがどのような病気ですか。

金地先生出血を止める際に重要な役割を果たすフォン・ヴィレブランド因子という、血漿中のタンパク質の不足や異常によっておこる出血性の病気です。

吉岡先生なかなか難しい名前ですね。発見された経緯を教えてください。

金地先生1925年にフィンランドの医師フォン・ヴィレブランド先生が、ボスニア湾のオーランド島から来た出血症状のある少女を診察したのが最初です。彼女の家系を調べると止血異常をもつ人が少なからずいました。女性も発症すること、血友病とは出血の部位等が異なることなどを翌1926年に報告しました。その後原因となる止血因子が第Ⅷ因子とは異なるタンパク質であることがわかり、1980年代にフォン・ヴィレブランド因子と命名されました。

吉岡先生血友病とはどのような点が違いますか。

金地先生血友病はX染色体に原因遺伝子がありますので、患者さんは主に男性となりますが、フォン・ヴィレブランド病の発症は、男女の差はありません。また血友病は関節出血、筋肉内出血など深部出血が多いのに対してフォン・ヴィレブランド病は皮下出血や粘膜出血(例えば鼻出血や口腔内出血)など表在性の出血が多いのが特徴です。

多くの潜在患者の可能性。診断と病型分類の難しさ。

吉岡先生フォン・ヴィレブランド病にはいくつかのタイプ(病型)があるのですね。

金地先生はい。フォン・ヴィレブランド因子が量的に減少している1型が最も多く、全体の7~8割を占めます。量はあっても止血因子としてうまく働かない質的異常である2型はさらに2A、2B、2M、2N型の4つのタイプに分けられます。フォン・ヴィレブランド因子が完全欠損するのが3型です。2N型や3型では血中の第Ⅷ因子の活性も低下するため、血友病に似た深部出血を起こすことがあり、区別が難しい面があります。また血液型がO型の人は他の血液型と比べてフォン・ヴィレブランド因子の量が25%くらい少ないので、診断の際には留意する必要があります。

VMD病型分類表

吉岡先生日本と海外では患者数や発症頻度に違いがありますか。

金地先生フォン・ヴィレブランド病の発症頻度を正確に知ることは難しく、積極的に検査・診断を行っている国や地域であるかどうか、あるいは専門家のいる医療機関を受診したかどうかで診断率は変わってきます。一般にはこの病気をもつ人の割合は人口の0.1~1%と言われ、実際に出血症状を起こしている患者さんは0.01%(1万人に1人)くらいではないかと推測されています。令和4年の日本の患者数は1576人です。人口の0.01%にはほど遠いので、まだ診断に至っていないフォン・ヴィレブランド病の人がたくさんいらっしゃると推測されます。

吉岡先生では、検査の正確度などが上がってくると、もっと増えてくると思われますか。

金地先生はい。そう思っています。過多月経で婦人科を受診される方の13%ほどがフォン・ヴィレブランド病に起因するという報告もありますので、けっこうな数の患者さんが潜在的にいらっしゃると考えています。私は今、九州大学病院の検査部におりますので、今後よりよい診断のシステムを構築していけたらと思っております。

新たな検査の導入と診断のガイドラインが必要

吉岡先生先生は最近までアメリカで研究に従事されていましたが、アメリカと日本で診断や検査に違いはありますか。

金地先生フォン・ヴィレブラント因子の活性を調べるのに、リストセチンという抗生物質を用いるのですが、この方法ですと多くのアフリカ系アメリカ人の方々に、実際には異常がないのにフォン・ヴィレブランド因子の機能異常があるような検査結果が出てしまい、誤診につながることがわかってきました。私の研究していたヴァーシティウィスコンシン血液センターでは、より正確に因子活性を測定できる方法(GP1bコファクターアッセイ法)を確立し、現在はリストセチンにとって代わるようになりましたが、この方法は日本にはまだ導入されていません。アフリカ系アメリカ人だけでなく、もしかしたらほかにもリストセチンを用いることで活性の検査が正しくいかない場合もあるかもしれませんので、日本でも導入が進むといいと思います。そのほかにもフォン・ヴィレブランド病の診断と病型分類に用いられる検査や解析法がありますが、日本に導入されていないものも一定数あります。また特殊な技術を必要とするため、日米ともに限られた医療機関でしか実施できない検査もあります。コストも時間もかかり、技術も必要です。アメリカでは診断のためのアルゴリズムを作製し、なるべくコストや手間をかけずに効率よく診断できるシステムが整いつつあります。

吉岡先生日本にない解析法も導入して、診断のガイドラインをつくらないといけませんね。

出血症状に困っていたら迷わず受診を

吉岡先生フォン・ヴィレブランド病の診断について、ほかに課題はありますか。

金地先生まだ診断されていない、潜在的な患者さんが多いという点もあります。出血で困っているフォン・ヴィレブランド病の患者さんでも、幼い時から出血しやすかったから、こんなものと思っている方も多いのが現状です。こうした患者さんを見いだし、診断・病型分類して適切な治療に結び付けなくてはいけません。しかし病型分類まで行うには特殊な検査が必要で、それができないと誤診される可能性もあります。病型によって治療法が異なる場合もあるので、正確な病型の分類は重要です。

吉岡先生男女とも発症する疾患ですが、女性の注意点はありますか。

金地先生女性は月経や出産など出血リスクを伴う機会が多くあります。過多月経は貧血にもなりやすくフォン・ヴィレブランド病の女性のQOL(生活の質)を大きく下げる要因になりますが、適切な診断を受けることで止血管理が可能です。月経のことくらいでは相談しにくいと思って我慢しているケースも多いと思われますが、日本血栓止血学会のフォン・ヴィレブランド病の診断ガイドラインでも、異常出血の基準として「日常生活に支障がある」「月経期間が7日以上に及ぶ」「生理用品を2時間ごとに交換する必要がある」「これまでの月経で1㎝以上の凝血塊があった」ということを提示しています。きちんと診断して治療することで症状を軽減し、日常生活を送りやすくし、将来の出産や手術、抜歯などに備えることもできます。気になる方は一度受診していただきたいと思います。

吉岡先生女性が大きな出血を起こしなかなか止まらない場合はフォン・ヴィレブランド病を疑ってみる必要がありますね。

金地先生その通りです。ただ血友病の女性保因者にも治療の必要な出血症状がある患者さんがいますので、その区別のためにも正確な診断が必要です。

吉岡先生フォン・ヴィレブランド病は先天性だけの疾患ですか。

金地先生後天的にフォン・ヴィレブランド因子の活性が低下する病気があり、後天性フォン・ヴィレブランド症候群と呼ばれています。そのメカニズムはさまざまです。先天性のフォン・ヴィレブランド病は幼少期から出血傾向がありますが、後天性の方は主に中高年で発症すること、家族に同様の病気がなく、何らかの基礎疾患がある方に多く発症することなどが異なります。ただ、先天性なのに症状が軽く、中高年になるまで診断されていない場合もあり、区別が難しくなります。高齢化とともに後天性フォン・ヴィレブランド病の報告は増加傾向にあり、今後検査・診断・治療の裏付けを積み重ねていく必要があります。

安価で正確、効率的な検査・診断システムの構築を目指す

吉岡先生今後の先生のフォン・ヴィレブランド病診療に関する抱負をお聞かせください。

金地先生私は大学病院検査部という位置づけから、よりよい検査・診断システムの構築に少しでもお役に立てたらと思っています。血液内科、小児科、産婦人科などの先生方と連携し、出血症状に悩みながらも診断のついていないフォン・ヴィレブランド病患者さんを一人でも多く診断し、病型分類を効率よく行うことにより適切な治療と出血症状の軽減に貢献したいと思っています。アメリカ時代に師事した先生からも情報共有などのご協力をいただいていて、遺伝子解析を行えるようになりました。ただ専門的な解析はまだ保険収載されておらず、コストや手間がかかります。アメリカで学んだことを生かし、一通りの血液検査である程度病型を絞り込み、疑われる病型に応じて追加の検査を行うことでより効率よく正確な診断を行うことができればと思っています。まずは研究ベースで九州大学、久留米大学、九州医療センターの3機関におけるフォン・ヴィレブランド病が疑われる患者さんの解析を開始しています。将来的には検査システムを確立し、新たな治療法を開発できるよう、基礎研究を続けていきたいと思っています。

吉岡先生検査が安価で日常的に、一定のレベルでできるようになれば、未診断の方への診療にもつながりますね。

(2025年Vol.79)
審J2504038