久留米大学病院小児科/松尾 陽子先生
専門の施設と連携し、10年かけて血友病の診療体制を構築した松尾先生にお話を伺いました。
松尾先生が血友病の診療に関わるようになったきっかけを教えていただけますか?
松尾先生10年ほど前に、北九州の産業医科大学病院で血友病の勉強をする機会がありました。そちらでは久留米の患者さんと比べて関節症の発症が少ないなど、患者さんの状態に差があると気づきました。100キロほどしか離れていない施設間で医療格差がある、これはなんとかしなくてはと思いました。当時は久留米だけで40名近い患者さんがいましたが、さらに着任後最初の1年で6人も新患が来て、診断や治療方針に迷うたびに、産業医大や他施設の専門医に相談して診療を行いました。
血友病を診られている医師の間は、強いネットワークが構築されている印象がありますが、いかがですか?
松尾先生そうですね。特に九州の場合は産業医大を中心にまとまっているので、様々な面で支えていただいています。血友病は専門医も多くないし、専門の施設が限られていますので、施設間の垣根を越えて多くの先生が助けてくださいます。今はありませんが、以前は電話で相談すると「こちらで血液検査できるから患者さんの検体を送ってくれてもいいよ」と言っていただき、そういう意味では本当にありがたい10年でした。
患者さんの人数、他科との連携
こちらの施設で患者さんは何名ほどいらっしゃるのでしょうか?
松尾先生小児科で私が診ているのは32名いて、血友病Aが28名とBが4名です。内科にも15名弱います。久留米は福岡県の南に位置しているため昔から医療圏が広く、他県からも患者さんがいらっしゃいます。
基本的には松尾先生がすべての患者さんを診られているのですか?
松尾先生久留米大では長年小児科がすべての患者さんを診ており、私が受け継いだときは子どもから60代の人までいました。私が産休に入ることになった時、10数名いた40代以上の人を血液内科で診ていただくことにしました。
今もある程度の年齢になったら小児科から内科に移行されるのですか?
松尾先生何歳になったらという線引きはありませんが、卒業などの節目があると、内科に移ろうかと声をかけます。小児科の方が良いと言えばそのまま診ていますね。ただ、成長すると小児科では診られない、例えば成人病などが発症することもありますので、血友病は私が診るから他は内科に行きなさいと言っています。
他の医療スタッフや他科との連携でハードルを感じることはありますか?
松尾先生血友病外来は私がやっていますが、不在の時は他の医師が対応しています。他科との連携は、歯科は問題なくできています。整形外科の場合は、子どもの手術では難しい部分がありますので、今は産業医大で手術をしてもらって、ある程度の目処がついたらリハビリはこちらでやるような形を取っています。
定期投与と重症・中等症患者さんのQOL
家庭注射や自己注射の指導は何歳くらいから始めますか?
松尾先生定期投与は1歳くらいまでに開始して、幼稚園に入園する遅くとも3歳くらいまでにはお家で注射をできるようにしようというのが、1つの目標になっています。
自己注射は一から指導をするのが難しいので、産業医大にいる血友病専門の看護師さんにお願いして、大体8割くらい自分で注射ができるようになったら、こちらで後を引き継いで患者さんのサポートをしています。
将来的に関節症を防ぐことを考えると、定期投与は早い時期から始めた方が良いのでしょうか?
松尾先生早い時期に始めることで、10歳くらいまで一度も関節内出血を起こしたことがない子もいますので、効果があるのだと思います。ただ、出血に慣れていなくて、少しの出血でもすごくビックリしてしまうことがあるんですね。例えば鼻血が少し出たりすると親御さんも一緒になって驚いてしまう。そんな時は「血友病じゃなくても出血することはあるよ」と説明します。
思春期になってくると、患者さんが自己注射をサボってしまうというお話を聞くことがありますが。
松尾先生定期投与をしている重症の子たちはしっかり身についているので、サボることはあまりありません。最近思うのは中等症で、出血した時だけ投与している子がいて、家庭注射をしないまま10歳くらいになっているのですが、他の重症の子たちと比べると、一番欠席日数も多いし運動もしない。だから今はその子に、「野球とかサッカーとかしたいことがあったらしてみようか。でもそのために定期的に薬を注射しないといけないと思うよ」と話しています。最近は、それぞれの生活に合わせた定期補充療法をするという考え方が主流になっているので、中等症の子のQOLをより高めることを考えると、定期補充療法しても良いのではと思います。
血友病保因者の周産期管理
最後に、松尾先生は「日本産婦人科・新生児血液学会血友病周産期管理指針作成ワーキンググループ」のメンバーとしても活躍されていらっしゃいますが、お母さんが保因者であった場合のフォローや新生児への治療などはどのようにされていますか?
松尾先生当院では、産科、新生児科の先生方、検査室の技師の方の協力のもと、保因者の女性が安心して出産に臨んでいただける体制を整えております。
出産時に、適切な分娩方法を選ぶことで、血友病の赤ちゃんの頭蓋内出血のリスクを避けることもできますので、「保因者診断」とは別に、保因者自身のライフイベントに合わせたケアを心がけています。
また、保因者の中には、凝固因子活性値が軽症血友病患者さんレベルほど低い方もいらっしゃいますので、保因者自身の健康にも留意しています。
(2017年Vol.52春号)
審J2005096
松尾先生が中心となって、産業医大や全国の専門医とうまく連携して高いレベルの診療体制を構築されており、患者さんは安心ですね。全国的に定期補充療法の導入によって重症患者さんの軽症~中等症化が図られ、出血回数は著明に減少し、QOLが改善してきています。しかし、ご指摘のように、中等症の患者さんの中にも定期補充をするのが良い方もおられますね。