医療法人財団 荻窪病院血液凝固科/長尾 梓先生 小児科/細貝 亮介先生
患者数と診療体制の特色
長尾先生2018年1月調べで患者さんの登録人数は891名で、血友病Aが608名、Bが141名、フォン・ヴィレブランド病が104名、その他が38名です。インヒビターの患者さんはA、B合わせて20名です。このうち定期的に通院している人は4~500名います。地域でみると大多数が東京の方ですが、埼玉、神奈川、栃木、茨城、群馬、千葉の方も多く、遠く九州、関西、北海道から年1回来られる患者さんもいらっしゃいます。
患者数が非常に多い荻窪病院ですが、診療体制はどのようになっているのでしょうか。
長尾先生血液凝固科の医師3名(うち、1名は血液内科医)と現在小児科に研修に来られている細貝先生、その他に専従看護師と専任看護師が各1名、専従の臨床心理士、専従のソーシャルワーカーというスタッフで診療にあたっています。看護師さんは2人ともエキスパートで患者さんから電話があると、ほとんどのことは答えてくれています。数は限られるのですが、包括外来として、内科、整形外科、小島先生の心理相談と看護師外来もあり、何かあればすぐに担当者間で相談や連携をできる体制をとっています。
荻窪病院ならではの特長を教えてください。
長尾先生小児から大人まで一貫して診られることでしょうか。PUPs(※)の薬を選ぶところからインヒビターの対策、大人になってからは高血圧や高脂血症といった生活習慣病の治療もできますし、血液凝固に関する治療でしたら何でも対応できます。また、診療はもちろんのこと、患者さんの悩みに寄り添えるよう、専従の臨床心理士がいることも当院の大きな特色です。それから、当院の患者さんで構成される国内最大規模の患者会があり、ここに入会したいために通院される患者さんもいらっしゃいます。サマーキャンプや院内でのクリスマス会等でお母さん同士の情報交換が行われたり、お兄さんたちが自己注射をする姿を見て、子どもたちが自分もやってみたいと刺激を受けたりと、活発な活動が行われています。
※PUPsとは、治療歴のない患者さんのこと自己注射の指導はどのようにされていますか。
長尾先生小学校5年生になる時期に相談しながら始めます。指導法は3日間入院もしくは通院のどちらかで、2名の看護師が指導を行い最後に医師が手技パートと知識パートについて卒業試験をします。5年生になるとだいたい卒業できるのですが、中には仮合格・不合格の子もいますので、その場合は半年後位に再試験を行っています。お母さんが見守っていればいいと仮免許を出すこともありますよ。
定期補充療法と関節エコーの導入
長尾先生は患者さんの薬物動態(※)を調べて、定期補充の投与量を決めていると伺いましたが、具体的にはどのようにされているのでしょうか。
長尾先生薬物動態(pharmacokinetics:PK)は患者ごとに違いがあります。例えば定期補充を週2回やっていたとして、それだけ見ると従来製剤では少し足りないのではないかと思ってしまうのですが、PKを測ってみたらその患者さんの場合、半減期が非常に長くて週3回にする必要が無かったという例がありました。逆に足りなかったという患者さんには薬物動態の図を見てもらい「じゃあ、がんばろう」と積極的に治療に向き合うようになった例もあります。
※薬物動態とは、投与された薬物が体内に吸収され組織に分布し、小腸や肝臓中の酵素により代謝、排泄されるまでの体内での濃度と速度過程を言います。外来診察の際、関節エコー検査を行われているそうですね。他の病院ではまだあまり行われていないのではないですか。
長尾先生当院ではイタリアのプロトコールに従って行っていますが、まだ発展途上です。出血して痛くてどうしようもないという方の関節を診てみると全く出血が無かったり、逆に出血ではないという患者さんで明らかな出血があったりしました。画面で本人が確認できるので、患者さんに説明しやすいと思います。特に子どもでは出血や軟骨の状態、滑膜炎の有無等もわかるので、鎮静が必要なMRIよりとても有用だと思います。
細貝先生エコーの技術はすぐに熟達する訳ではなく、やはりたくさんの患者さんを診なければ上達しないですね。時間があれば、関節の症状が特に出ていない方にも定期的にやらせてもらうと良いのかなと思います。
検査体制と地域間の連携
これだけの患者数ですと検査体制も重要だと思いますが、どのような体制になっていますか。
長尾先生院内で第Ⅷ因子、第Ⅸ因子活性値だけは即時測れるようになっていて、手術時にモニタリングできるようになっています。インヒビター測定は外注しています。検査技師さんがルーティンをこなしながらこちらの検査もやってくれます。
地域間の連携について教えてください。
長尾先生当院は口腔外科や脳外科がないので、大きな口腔外科手術や頭部の問題は東京医科大学病院にお願いする等、普段から密におつきあいをしています。また、小児科の当直がないため、家庭注射を覚えていない患者さんたちが夜間・週末に注射を打たなければならない場合のことを考えて、国立成育医療研究センター、都立小児総合医療センター等いくつかの医療機関を紹介させていただき、家の近くの病院を一度受診してもらい、夜間・緊急時には駆け込んでもらっています。さらに、遠方の患者さんには地域との関わりを持ってもらいたいので、かかりつけ病院での診療をお願いしています。
今後望まれる診療体制と次世代へのバトン
長尾先生今後、遠隔医療等(※)を利用し、患者さん、地元の病院、専門病院の3者間で情報を共有できるようになると地方の患者さんにとっては良いことだと考えています。過疎地や離島でもフォローできます。それから中央で輸注記録や採血データ等、全てを管理してシェアできるようになると良いと思います。ちなみに、患者さんから「こんな風に出血しています」と写真が送られてきたら、「こうやって薬を投与してね」と指示することは既にやっていてとても便利です。
※遠隔医療(telemedicine)とは医師と患者が距離を隔てたところでインターネットなどの通信技術を用いて診療を行う行為。遠隔診療。吉岡先生それは確かに良いですね。製剤さえあれば量を指示して、「その後に報告してください」と言えばほぼ管理できます。
長尾先生次世代の医師育成についてはなかなか難しい状況ですが、細貝先生のように積極的に研修に来てくれる先生がもっと増えると良いですね。
細貝先生とても贅沢な環境で血友病について研修させていただいています。この経験を無駄にせず今後に生かしていきたいと思います。
(2018Vol.57夏号)
審J2005100
荻窪病院は故花房秀次先生が中心となって築き上げられた我が国最大規模の専門病院で、「血液凝固科」は最初のユニークなものです。長尾先生に加えて、昨年東京医大から着任された鈴木隆史先生、臨床心理士小島賢一先生、専従看護師和田育子さんは我が国の血友病診療のエキスパートです(クロスハートvol.56参照)。血友病については基本的なことから難問まで、必ず解決いただけるので患者さんにとっては安心ですね。血友病研修を希望するドクターやナースらの育成にもさらにお力を発揮していただくようお願いいたします。