埼玉県立小児医療センター血液・腫瘍科 科長 康 勝好先生
診療状況とインヒビター保有血友病患者さんと保因者への対応
血友病の診断・治療に関わるようになったきっかけをお聞かせください。
康先生東京大学医学部を卒業後、同附属病院で研修し、神奈川県の茅ヶ崎市立病院を経て、1995年、医師になって4年目に神奈川県立こども医療センターに赴任しました。当時、国内ではまだ血友病に対する定期補充療法が珍しかったのですが、ここで長尾大先生(『Cross Heart』前監修者)のもと、定期補充の管理を学び、出血で入院中の患者さんの主治医も務めたことが、きっかけです。
貴センターの診療状況をお教えください。
康先生人口の多い埼玉県南部の患者さんが中心で、患者数は血友病Aが50名程度、Bが10名程度です。普段は各地域の病院に診ていただいていて、当センターに年1、2回、来られる患者さんが3分の1程度いらっしゃいます。ここ数年は毎年4例ほど新しい患者さんが来院されます。重症、中等症、軽症の比率は、7:2:1と軽症の割合が少なめです。軽症例は症状が軽いため小児期は診断に至っていないケースがあるとみられ、実際はもっと多いと思います。年齢層は就学前が4分の1、小・中・高校生が半分、高校卒業後の患者さんが4分の1で、20代前半まで診ております。
他科との連携についてお聞かせください。
康先生当センターが小児の総合医療を担っておりますので、センター内の整形外科や遺伝科などを中心に連携しながら包括的な医療を行い、歯科は基本的には近医との連携を推奨しています。原則的に年1回は当センターの整形外科を受診していただきます。整形外科の先生が非常に熱心で、他院から紹介を受けた滑膜切除術も行ってくださっています。MRIは非常に混んでいること、また幼い子は鎮静が必要で、一度に撮影できる関節も少ない等の理由から、今後、超音波で関節の評価を行う体制を作りつつあるところです。
インヒビター患者さんへの治療状況をお教えください。
康先生インヒビター保有血友病A患者さんでは、一過性の症例を除き全例に免疫寛容療法(ITI)を実施しています。13年前に赴任してから14例に施行し、10例成功、2例失敗、2例継続中です。失敗した症例は、1歳でインヒビターができ、ITI実施2年後に第Ⅷ因子を代替する治療薬が出たので切り替えたところ出血がゼロになっております。継続中の症例では、第Ⅷ因子を代替する治療薬とITIを併用している方と、血液凝固第Ⅷ因子製剤の定期補充療法を出血予防とITIの両方の目的で行なっている方がおられます。今後は、インヒビター保有血友病A症例においては第Ⅷ因子を代替する治療薬を併用しながらITIを行う方針です。一方、血友病Bのインヒビターの方は苦労しているので、早く新しい治療を届けられればと思っています。
保因者にはどう対応しておられますか。
康先生保因者への対応は、数年前に大阪医療センターの西田先生のweb講演を拝聴し意識が高まりました。保因者診断の意味をしっかりお話しした上で第Ⅷ因子、第Ⅸ因子の活性を測定し、推定を行います。確定診断は東京医科大学病院へご紹介します。今まで治療が必要なほどの方はおられませんでしたが、生活の質(QOL)の低下への対応として、お母さんに出血症状の有無もうかがっています。推定保因者の出産は小児科が併設されている産科病院に、確定保因者の出産はさいたま赤十字病院に、それぞれお願いしています。
地域病院との連携と移行期医療(トランジション)についてお聞かせください。
康先生当センター全体が地域病院との連携で動いています。従来、当センターで処方した製剤を患者さんが地域病院に持参し投与していただいていましたが、これでは地域病院は難しい注射をしても診療報酬が少ないことに気づき、地域病院の方で処方してもらうように改めました。歯科は、普段は地域で診ていただき止血等処置が必要な場合は当センターの歯科が対応します。
トランジションについて、私が赴任した2009年当時は県内に血友病専門医がほとんどおられず、東京まで行けない方は薬をもらうだけという状態でした。そこで、2011年に県内の血友病診療連携ネットワークを立ち上げました。メーリングリストを作り、診療相談を行い、年に2回、会を開きました。その後、埼玉医科大学に専門医の赴任、獨協医科大学埼玉医療センターに血友病外来の開設等で大きく変わりました。この連携ネットワークで、ほとんどの患者さんが県内でトランジションできるようになったことは、本当によかったと思っています。
自己注射の指導と目指すべき方向性
家庭内投与、自己注射のご指導はどうされていますか。
康先生血友病を診たことがない病院にも出向いてお願いし、各地域に投与していただける協力施設を作りました。それにより家庭内投与は、小学校入学までにできればいいとして、無理せずゆっくり始めています。5歳くらいでの開始が多いです。お母さんだけでなくお父さんも一緒に学んでいただいています。自己注射は、修学旅行に備えて小学校5年もしくは中学2年の夏休みに、1カ月の通院か、1週間の入院による集中的トレーニングによって、手技を獲得していただいています。今後の課題は、第Ⅷ因子を代替する治療薬を投与している患者さんが、以前投与していた血液凝固第Ⅷ因子製剤投与の自己注射の手技が失われることがあり、再度トレーニングするべきかどうか、今、検討しています。
小児における後天性血友病についてはいかがですか。
康先生昨年、4歳の子どもさんが腹膜透析をやっている時に出血症状が強くなり、APTT*が延びていましたが、主治医には後天性血友病は大人や高齢者の病気という認識があり、後天性血友病とは考えなかったのです。翌朝、私が回診で後天的血友病に典型的な紫斑の症状を見て、第Ⅷ因子とインヒビターを測って後天性血友病と診断しました。小児でも後天性血友病はありうること、出血傾向があってAPTTが延びていたら血友病を疑うことを再認識しました。
*血液凝固活性の指標診療スタッフの育成についてお聞かせください
康先生医師は、がんや移植をメインに当センターに2年間の研修に来ることが多いですが、血液凝固第Ⅷ(Ⅸ)因子製剤の定期補充、ITI、バイパス止血剤の定期投与、外科手術の際の止血管理等をやってもらって、血友病の基本的な知識を身につけられるようにトレーニングしています。新しい薬や治療法がどんどん出てきていますし、治験にも積極的に関わっており、今後、遺伝子治療にも取り組む予定です。そんな中で血友病診療のおもしろさを感じてもらい、学会や論文発表を通して、血友病を本当に専門にできる人を育てたいですね。看護師については、看護師対象のセミナーや研究会等に参加し、勉強しています。
どのような血友病医療を目指しておられますか。
康先生患者さんたちが血友病であることで制限を受けることなく、何でもできる、そういう医療を目指していきたいと思っています。また、小児科医は親と相談をすることがほとんどですが、子どもたちが自律的・自覚的に治療していくことが非常に重要ですから、自立を促すことを意識しています。血友病医療はとても進歩していますので、子や孫の世代は絶対に大丈夫、心配ないと説明し、希望を持っていただいて、『血友病であってもしっかりと人生を生きていける』『未来は明るい』と感じてもらえるようにと思っています。
(2022年6月記)
審J2207388
康先生は小児血液の専門医として広く血液疾患を診ておられます。血友病もたくさんの患者さんを診療し、新しい治験にも参画されて、先進的医療にも取り組んでおられます。小児医療センターの場合は、特に、トランジション(成人への移行期医療)が課題ですが、スムーズに進めていただいており、安心ですね。