名古屋大学医学部附属病院輸血部 血液内科専門医 鈴木 伸明先生
血友病治療の体制と、院内外との連携
先生が血友病の診断と治療に関わるようになったきっかけと時期を教えてください。
鈴木先生自身が血友病だったので血液内科医を目指し、当大学に来た2008年からこの領域の診療に深く関わっています。
名古屋大学医学部附属病院の診療状況についてお聞かせください。
鈴木先生通院の患者さんは、血友病Aの方が約300人、Bの方が約80人。関連疾患のフォン・ヴィレブランド病の方が100人くらいいらっしゃいます。年齢はさまざまで、40~50代の方が多い印象ですね。愛知県が一番多く、次に近隣の岐阜県、そして三重県でも愛知県寄りの方が来ていらっしゃいます。Aの約半数、Bの約1/3は重症の方です。インヒビターの方は、AB合わせて10人くらいです。
院内の血友病の診療体制の特色はどのようなものですか。
鈴木先生診療は血液内科で行います。昭和の頃から血友病の診療は熱心に行っていて、現在、血栓止血を担当する医師は非常勤を入れて5人。1週間のうち3日は私と松下正教授が外来診療にあたり、残りの2日間は当番制で対応しています。凝固専門の知識を持った検査技師がおり、因子活性測定や遺伝子解析、トロンビン生成試験、ROTEMなどといった凝固の解析も、必要に応じて行っています。また半ば専任の看護師もいて、心強い存在です。
院内の他科との連携はいかがですか。
鈴木先生血友病を専門に診る整形外科医が1人おり、月2回、血友病整形という外来枠で診療しています。中年以上の患者さんだと肝炎の問題もありますので、内科の肝臓グループにもフォローを頂いています。また、保因者の出産も平均して年5例ほどあり、リスクを伴うため当院で出産することが増えています。生まれてすぐに臍帯血でスクリーニングし、血友病が疑われる場合は数日間NICU・新生児科にて脳出血などの評価を行います。歯科治療は一般の歯科医院で難しい処置は当院の口腔外科が対応するなど、包括的な診療連携体制がとれています。
地域の病院や県内外のクリニックとの連携についてはどうですか。
鈴木先生名古屋大学関連施設の先生方とは、密な連携がとれています。また、当グループから巣立って開業されている先生方が自身のクリニックで血友病診療をされているので、日常の診療などはそちらで対応していただいたりしています。県外では、最近は岐阜大学や三重大学などの先生方とも交流し、大学の垣根を越えて情報共有・知識交流ができるようになっています。ここ数年は他病院にどのくらいの血友病患者さんがいてどのような診療をされているかなど、わかるようになりました。診療連携の認識が世の中に浸透してきたのを感じます。今後は全国をつなぐオンライン診療など、診療連携の新しい取り組みが進められていく時期なのかなと思います。
血友病診療のスタッフの体制・育成についてお考えをお聞かせください。
鈴木先生今、血液内科では、血友病患者のケアを中心的に行う看護師が1人いて、自己注射指導の他、他科への割り振りなど診療コーディネートを行い、患者さんをサポートしています。このような役割を担う看護スタッフがより充実するとよいと思います。どこの病院もそうでしょうが、専任スタッフというのはなかなか難しいですね。認定看護師資格などができて、診療報酬に反映されればよいのでしょうけど、今後の課題です。
患者会の状況はいかがですか。院内スタッフとの関わりはどのようでしょうか。
鈴木先生愛知県には鶴友(かくゆう)会という患者会があります。そちらとは連絡を取りながら、年に1回、半日交流会という、家族連れ中心に自己注射の練習をしたり、各種相談事をしたりという会を開催しています。コロナで中断していますが、以前はキャンプも行っていました。こうした大きなイベントは、三重の栄友(えいゆう)会、岐阜の岐友(ぎゆう)会などと合同で行うこともあります。
自己注射の対応や製剤の選択
自己注射の指導の開始時期や方法はどうされていますか。
鈴木先生定期補充療法の開始は1歳から2歳くらいにかけて開始されることが多いです。というのは、生まれたお子さんが血友病であることを親御さんがまず受け入れ、定期補充療法の重要性を理解する必要があること。そして名古屋大学では乳幼児にはポートを挿入して行っているので、その準備等で、開始までにある程度の期間が必要になります。最初はご両親が製剤投与をしますが、だいたい小学5、6年生の修学旅行に行く頃を目安に自己注射ができるようにしています。クラブ活動や学校のイベントが自己注射や自身の疾患理解のモチベーションになります。今後はノンファクター製剤の登場により、出生後、より早期に出血予防治療を開始するかということが議論になると思います。
血友病患者さんに対しての製剤の選択についてのお考えを教えてください。
鈴木先生どの製剤もうまく使えばしっかりと止血コントロールはできると思います。しかし、患者さんの状況によって、適切な治療選択をすることにより、より効果的な治療が可能です。例えばスポーツをしたり、出張に出たりなど、高い活性値がほしいという方には凝固因子製剤を中心に選びますし、血管が細くて打ちにくいような方にはノンファクター製剤を選択します。また、自己管理に関する意識の高い方は、活性値の上がり下がりを意識できるので凝固因子製剤を。あまりこだわりなく楽に止血管理したい方にはノンファクター製剤を選んだりします。遺伝子組換え製剤が定着していますが、血漿由来製剤も、安全性は十分に担保されていると思いますので、もう一度見直してみるのもよいと思います。
後天性血友病の患者さんの診療はどうですか。
鈴木先生診療を実施していますが、最近では、後天性血友病の疾患認知度も高まり、多くの場合、その地域の拠点的病院で診療されるようになっています。
保因者診断、保因者健診などはどうされていますか。
鈴木先生例えば保因者の出産は、生まれてくるお子さんが血友病である可能性があることの他に、ご自身の出血量が多いなどのリスクがあり、当院あるいは十分な体制を備えた病院で対応します。そういったことを背景に、近年は保因者診断の希望者が増え、重要性が増しています。正確な保因者診断には遺伝子検査が必要です。当施設はそこに貢献したいと思います。ただ、遺伝子検査は非常にセンシティブな部分もあるので、十分な説明と理解が必要です。そこをクリアしたうえで実施させて頂きます。
今後目指していきたい診療体制はどのようなものでしょうか。
鈴木先生診療連携の質を高めて、全国どこでもよい治療を受けられる体制構築が理想です。その中で、名古屋大学ができることとして、長年積み重ねてきた遺伝子解析の活動をさらに広げるために、血栓止血研究コンソーシアム(JTHReC*)を立ち上げました。今までは当院に来ないと受けられなかった遺伝子解析が、ホームページを介して、さまざまな医療機関からの解析希望に応じて行うことができるようになりました。血栓止血異常症のインフラとして成長させ、血友病の診療体制の構築にも貢献していきたいと考えています。
*血栓止血研究コンソーシアム(J-THReC)https://j-threc.jp/(2023年5月記)
審J2307072
名大血液内科(旧第一内科)・輸血部は、血友病診療のいわば大きな老舗(しにせ)です。血友病Bの分子生物学、接触因子の解析、フィブリノゲン製剤の適応拡大、血栓性因子(TM,PC,PS,AT,プロトロンビンなど)の分子病態、α2-PI欠損症(世界第1例目)、HIV/AIDS、C型肝炎、血小板異常症(血液センター)等々。基礎・臨床と幅広い研究・診療実績に支えられた高い水準の包括的血友病の一大センターです。J-THReCも期待されています。