Heart Hospital

山口大学医学部附属病院山口大学大学院医学系研究科 病態検査学講座 教授 湯尻 俊昭先生

診療状況と他科・他医療施設との連携

血友病の診断・診療に関わるようになったきっかけを聞かせてください。

湯尻先生私はもともと第三内科で血液の診療をしていて、2020年に血友病担当の前任者から引き継ぎました。それまでも血友病患者さんやHIV感染者の診療の経験はありました。

貴院の診療状況をお教えください。

湯尻先生私は成人領域の担当ですが、血友病の成人の患者さんは10人診療しています。26歳から67歳まで、全員重症血友病Aの患者さんで、4人は薬害HIVの感染者です。インヒビターの症例の方はいらっしゃいません。山口県内で熱心に血友病診療を行ってきた小児科の開業医の方がご高齢で閉院され、診ていらっしゃった40~50代の患者さんを紹介していただき、急に患者さんが増えたという経緯もあります。小児科にも患者さんは何人かいて、小児科からのトランジション(移行)も1、2人いらっしゃいます。山口県は広いのですが道路がかなり整備されているので、ご家族のサポートなどもあり県内全域から患者さんがいらっしゃっています。

院内の血友病診療の体制はいかがですか。

湯尻先生患者さんが10人とボリュームが少ないのですが、HIVを診療していることもあり、HIV担当の看護師が1人専属でおります。HIV専門の薬剤師、HIV関連のメディカルソーシャルワーカーと私の4人で、ずいぶん前から多職種連携のチームを組んでいます。月に一度HIVのチームミーティングをもち、薬害HIVの感染者もいらっしゃるので、その際に血友病のさまざまな問題点に関しても相談します。メディカルソーシャルワーカーは経済的な問題の相談や、さまざまな申請のお手伝いもしています。

他科との連携はどのようにされていますか。

湯尻先生血友病は薬がとてもよくなって長生きできるようになりました。そのため患者さんの高齢化も著しく、関節症のほかにがんの問題とか、高血圧、心臓病、腎臓病といった生活習慣病が出てきています。手術しなくてはならない時などは深刻な問題で、高齢になればなるほどそうしたリスクが高くなります。どうマネジメントしていくかが課題で、個々に他科と相談しながら診療していくことが増えてきました。

他院との連携についてはいかがですか。

湯尻先生関節症を定期的に診ていくために、比較的昔から関節障害を診ていただいている北九州市の産業医大の整形外科に、年に1~2回、関節の評価をしてもらっています。また広島大学の血友病センターにも関節症専門の先生がいらっしゃいますので、患者さんの住まいによってどちらかに紹介したりしています。当院は県内の拠点病院ですので複雑な症例は県内各地からこちらに紹介されてきますが、その後さまざまな障害を抱えて生活していくのをどこがフォローしていくかということが、高齢化する今後さらに問題になってきます。例えば脳出血でまひが残っている患者さんをリハビリ病院で診ていただき、製剤を切り替える際などは、私が説明・指導に行って導入していただいたりしています。また、関節の変形がひどくて自立歩行ができず、定期通院が難しい患者さん、関節障害がひどくて自己注射が難しい患者さんには、在宅で訪問看護の看護師さんに定期注射をお願いしたりしています。血友病の患者さんの受け入れに難色を示す療養型病院もあるなか、比較的そういうことを受け入れてくれる訪問看護ステーションもあって、非常に助かっています。

自己注射の指導と製剤の選択

患者さんへの自己注射などの指導はどうされていますか。

湯尻先生今診ている患者さんは全て自己注射できている状態で移行してこられたので、普通は指導ということはなく、むしろノンファクター製剤を導入する場合に指導することになります。その場合は1週間に1回、計2,3回行っています。1回目は担当の看護師が溶かし、どのように注射するかモデルで示し、またビデオなどでも教育します。その後看護師が実際に皮下注射し、感覚がつかめたら自分でやってもらいます。注射には慣れている患者さんばかりなので失敗はほとんどなく、すぐに覚えていらっしゃいます。

製剤の選択はどのようにされていますか。

湯尻先生第Ⅷ因子製剤としては標準型、半減期延長型とも当院に採用しているものがあって、それらを主流に使っていますが、他院から移行されてきた患者さんには、それまで使っていた製剤を臨時採用的に使用したりしています。成人の患者さんのほとんどの方は、激しいスポーツをするなどピークをかなり高くしなくてはならないというシチュエーションがあまりないので、第Ⅷ因子製剤を使う場合は半減期延長型製剤で週2回というケースが多くなっています。また最近ではノンファクター製剤を導入するケースが増えています。関節障害が出て自己注射が難しくなったり、感染症を起こされている場合にノンファクター製剤に切り替えることもあります。一方で定期補充療法からノンファクター製剤に切り替えましょうと言っても嫌だという患者さんもいらっしゃいますし、ケースバイケースです。ただ、関節障害に関しては、ノンファクター製剤に切り替えたからそれが治るというわけではありません。患者さんには、痛みがあるから第Ⅷ因子製剤を自己注射したいと思われる方も多く、ノンファクター製剤を使用しながらも第Ⅷ因子製剤を要求される方もいます。すでに関節障害がある患者さんをどうマネジメントするかが課題です。

後天性血友病と保因者への考え方
そして目指すべき方向性

後天性血友病の診療についてはどうお考えですか。

湯尻先生後天性血友病はどの状況下でも出てきます。外科も婦人科も産科もそうですが、患者さんから出血症状や凝固系の相談があった場合には、各担当の医師が対応しています。早く診断をつけて早く治療しないと命にも関わりますので。私のほうにも相談がきて、年に2~3人くらいでしょうか。増えてきているように感じます。

保因者の診断や検診についてのお考えをお聞かせください。

湯尻先生なかなか診断は難しいですが、保因者と思われる方は、症状がなくても出産などもあるので、人生のステージに応じて必ずどこかでフォローしてもらうようにつないでいかないといけないと思っています。産婦人科の医師でも、第Ⅷ因子がこのくらいだから大丈夫と思われている人もいらっしゃいますが、新生児が血友病で、鉗子分娩したために脳出血を起こすなどということも考えられますので、そこのところをきちんと啓発していかなくてはなりません。また、過多月経の女性にフォン・ヴィレブランド病の方がいる可能性もあるということをきちんと産婦人科医に認識していただきたいと考えています。

血友病診療の医師やスタッフの育成についてはどうお考えですか。

湯尻先生血液内科は造血器の悪性腫瘍の診療になかなか忙しく、手が回っていないというのが現状です。興味をもってもらい、親和性を高めていくことが必要ですね。血液に関する疾病や診療の知識を増やし幅を広げることは意味のあることと思います。セミナーや研修もありますので、アナウンスをしていきたいと思っています。

今後どのような血友病診療を目指していきたいですか。

湯尻先生当院はローボリュームセンターですが、広島大学とか産業医大とか、かなりハイボリュームな施設も近隣にあります。ローボリュームとはいえ、県内には血友病の患者さんが必ずいらっしゃるわけで、そうした患者さんの診療を、ハイボリュームセンターに相談しながら、きちんと継続・維持していく体制を獲得しておかなくてはならないと思っています。そうしたところが各県に一つは存在していないといけません。

(2023年7月記)
審J2312196

山口大学医学部附属病院
山口大学大学院医学系研究科 病態検査学講座 教授 湯尻 俊昭先生
湯尻 俊昭先生
山口大学医学部附属病院
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〒755-8505
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TEL:0836-22-2111(代表)
http://www.hosp.yamaguchi-u.ac.jp/

奈良県立医科大学名誉教授・前学長 吉岡 章先生からひとこと

山口県は島も多く、東西南北に広い県です。宇部市と県都山口市間はもちろん、全県的に交通網がよく整備されていて通院にも便利ですね。湯尻先生を中心に、HIV感染症や成人病を含めた幅広い診療が行われています。広島大・産業医大との連携もなされており患者さんは心強いですね。