「保因者と周産期ケア~穏やかな笑顔のために~」
「A子さん、今朝、無事に出産したよ。いつも外来に来ていた時は表情がなかったけど、さっき病室に行ったときは穏やかに笑っていた。あんな顔初めてみた」と血友病専門医が外来で勤務していた私に話しかけてきました。その言葉を聞いて「きっと今まで色々な不安や葛藤があって、緊張していたのかもしれない。母子ともに異常なく、出産が終わってよかったですね」と会話を交わしたことを思い出しながら、今、この原稿を書いています。
初めまして。私は国立病院機構大阪医療センターで勤務をしている中濵といいます。
現在、外来で勤務しており血友病患者さんや保因者の方のケアにも携わっています。
外来配属前は、助産師として産科病棟で勤務していました。その時の経験を生かし、保因者の方の妊娠、出産があれば保因者妊婦の方のケアはもちろんですが、産科病棟勤務の助産師たちと連携して「母子ともに安全に出産を終えること」を目標に情報共有や出産にむけて準備をしています。
最初に医師との会話の中に登場したA子さんもそんな患者さんの一人でした。A子さんは高校卒業後に血友病患者である実父の勧めで、保因者健診を受け、自身が保因者であることをご存知でした。少しのことで内出血を起こしやすく、月経が1週間以上続き、月経血も多く日常生活にも少し影響がありました。結婚が決まった時にはパートナーとともに受診し保因者であること、それによって注意すべき点など説明されました。しばらくして妊娠、自宅から通院圏内にあった当院の産科で出産を選択され、産科とともに血友病専門医を定期的に受診していました。妊娠経過は特にトラブルなし、胎児は女児とエコー検査で判明、ただ妊娠後期になっても凝固因子活性があがらず、分娩直前に凝固因子製剤の投与が必要と判断され、本人に説明、同意を得ました。妊娠経過中を通して医師の説明に対して理解もよく、質問も積極的にされる方でした。ただいつも表情が硬く、クールな印象で自身の感情を表出することはあまりありませんでした。出産時期が近づき、私は病棟勤務の助産師と数度カンファレンスを重ね、凝固因子製剤の取り扱い方と溶解の練習、投与時期の周知、産後出血の危険性があることで、退院する際は産後出血が増えたときの受診の目安を丁寧に説明する必要があること、児への配慮は女児であるため通常分娩と同様であることなど情報を共有してA子さんの出産に備えました。実際の分娩は分娩室入室直後に凝固因子製剤を投与することで、出血量も正常範囲内で、母子ともに健康、A子さんの穏やかに微笑む姿を見ることができました。
出産を控えた方の多くが持つ、自身の健康や生まれてくる子供の健康、妊娠経過や出産に対して抱く様々な不安だけでなく、保因者の方の出産では
- 母体の出血リスク(出産時および凝固因子活性が元の低値に戻るまでの分娩後24時間から6週後にかけての産後出血)
- 児の出血リスク(男児であれば血友病の可能性があり分娩時の頭蓋内出血の可能性や出生後の採血時の血腫の形成など)
について考慮する必要があり、それらがさらに大きな不安要素となります。しかし、今は凝固因子製剤の投与や適切な分娩方法の選択、採血後の止血処置など安心して出産を迎えるための対策があります。その対策を実施するためにも保因者健診を受け、自身の身体のことを知っておくこと、保因者であることを申し出ること、産婦やその家族、医療者がコミュニケーションを密にとり信頼関係を築くことが重要です。
助産師として多くの出産に立ちあい、児を取り上げてきた私は出産後に元気なわが子を見て穏やかに微笑むお母さんたちの姿をみることで元気をもらいました。そんな穏やかな笑顔をみるために保因者やその家族が新しい家族を迎えるときの伴走者でありたいと思っています。
(2021年Vol.68夏号)
審J2107087