日々を過ごす経験知を「生きる力」の糧に
私が血友病を持つ人々と関わりを持つきっかけは、薬害HIV感染でした。それまでは、偏見や差別が伴いやすいてんかんの患者さんやてんかんを持つ子どもを育てるご家族の「生活予後」について研究をしてきました。
「予後」とは医学的な用語で、病気や治療などの医学的な経過についての見通しを指すものですが、それをもっと拡大し、病気に対する意識や生活、社会参加の様子を捉えようとしてきました。
私が大学院に在籍していた1990年代には、作家の筒井康隆氏の「無人警察」中のてんかんに関する記述をめぐる患者会の抗議に端を発する騒動で、氏の断筆宣言があったり、ポケットモンスターのアニメを見ていた子供がアニメの光刺激によっててんかん発作を引き起こすなど、世の中の話題になることが多い時代でした。また2000年代には、寒天ダイエットがブームとなり、巷に広告が溢れました。
これ自体はてんかんとは直接関係ありませんが、一緒に研究を行っていた患者さんのお母さんは、「かんてん」の文字を見るのもしんどいとおっしゃっていました。
当時すでに臨床的には発作の抑制は可能で、発作がない期間が5年10年という方も少なくない中、他者との関係においてはhidden(隠れた病気)であったものの、本人の心理的なあるいは社会的な生活や人生の選択にもたらす影響は小さくありませんでした。むしろ1回の発作が大きな影響を与えかねないからです。
私は、このような病気そのものに由来する苦痛が克服されても、社会からの好奇な関心や無関心、あるいは将来の見通しが持ちにくいことなどの生活全般を覆うしんどさやその克服に関心を持っていました。
そんな中、博士論文の指導教員であった山崎喜比古先生の下、研究室をあげて、薬害HIV感染に影響を受け、被害の回復を目指した参加型アクションリサーチというやり方で患者さんやご家族の生活やQOLに関する研究を行う機会に恵まれました。以来20年以上血友病の患者さんやご家族の生活やQOLに関する研究に取り組んできました。
血友病は、治療法が一世代で劇的な変革をし、良好な止血コントロールが得られるようになってきました。関節障害も小さく、外からはhidden(隠れた病気)な状態になっています。
臨床では「遺伝子」そのものの検査や治療介入などが進んできており、血友病の治療や検査の対象は、診断を受けた患者さんだけでなく、女性家族にも拡大しつつあります。
つまり臨床において血友病の疾患の概念や治療対象者の定義が変わりつつある状況にあります。
私にできることは、患者さんやご家族の人生における継起的な出来事に対して、どのような意識や思いでそれを捉え、どのように対応し、評価しているのかという経験そのものを記述していくことだと考えています。
血友病の患者さんは数が少なく、住んでいる地域や来歴が異なれば、患者さんやご家族の状況は異なり同じような状況や思いをもつ人はあまりいないかもしれませんが、その中でも共通性や別の見方や考え方、処し方に触れることができればその入手情報は、羅針盤になったり、モノの見方や捉え方を変える認知的な対処や別の対応方法を学ぶこと、ひいては生きる力を育むことになると考えています。
そういう情報は、病院や診療所にあるとは限らず、また、専門家が知っているとも限りません。また貴重な成功経験が一人の経験の中に埋もれているかもしれません。
これまでに私が研究代表を務めた調査報告書「『生きなおす』ということ」や「血友病患者が日々を過ごす知恵と苦心」(いずれもネットワーク医療と人権から発行)では一貫して、人生を生き抜くためのライフスキルの共有と継承を大事にしてきました。
現在、血友病と周辺女性の経験に関する研究の調査に取り組んでいます。調査にご関心のある方や調査協力についてご関心のある女性の家族の方には是非とも私あてに気軽にお問い合わせいただければと思います。
また研究の成果は、臨床の現場や専門家にも見ていただき、患者さんやご家族に対する医療やケアの質の向上に貢献したいと考えています。
(2022年Vol.72冬号)
審J2210492