CLOSE UP HEART

第10回 血友病患者とスポーツについて

血友病の専門医(家)に監修の吉岡章先生がインタビューし、ひとつのトピックスを掘り下げる「クローズアップハート」。世界血友病連盟は適切な身体活動を推奨していますが、血液凝固因子製剤や定期補充療法等の進歩によって血友病患者さんを取り巻く治療環境が変化してきたことから、東京医科大学病院の天野先生に、改めてスポーツに対する考え方や注意点などをお聞きしました。

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東京医科大学病院 臨床検査医学科 教授
天野 景裕先生
天野 景裕先生 プロフィール
  • ●1988年3月 東京医科大学卒業
  • ●1988年4月 東京医科大学大学院臨床病理学専攻博士課程入学、1992年3月終了、博士(医学)取得後 臨床病理科臨床研究医
  • ●1995年1月~1997年3月 米国ミシガン大学へ留学
  • ●1997年4月 帰国 東京医科大学病院臨床病理科助手
  • ●2012年6月 臨床検査医学科教授
  • ●2012年7月 卒後臨床研修センター副センター長併任
  • ●2019年4月 中央検査部長・輸血部長併任
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東京医科大学病院
〒160-0023
東京都新宿区西新宿6-7-1
TEL:03-3342-6111(代表)
URL:http://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/

スポーツで筋肉やバランス能力を鍛える

吉岡先生血友病患者さんがスポーツをすることについて、どのような意義がありますか。また、「関節症のある患者」と「関節症のない患者」では、どのような点を注意すべきでしょうか。

天野先生関節症の有る無しに関わらず、関節の周囲の筋肉を鍛えるということは関節の保護につながりますので、どちらにも意義のあることだと思います。ただし、関節に衝撃を与えるようなスポーツは既に関節症のある患者さんでは痛みを感じ、関節症が更に悪化する可能性があるのでお勧めできないと思います。関節症や出血があまりない患者さんにとってはそこを制限することはないと思います。

吉岡先生血友病患者さんにとって運動は大事であり補充療法が充実してきている現在でも、全ての患者さんに一律に勧めるのは問題があるということでしょうか。

天野先生患者さんの年齢や症状もそれぞれ違いますので、全て同じようにどんなスポーツでもOKだよと言ってしまうのは問題がありますね。しかし、基本的には運動をすることによって筋力維持や体のバランスを整えることができ、関節を守って転倒を減らしたり、出血を減らすことにつながると思っています。また、柔軟性のある体づくりも出血予防につながるので、ぜひやっていただきたいと思います。ただし、衝撃のある運動は避けていただきたいということですね。

吉岡先生血友病患者さんの多くは、関節の問題や出血に対する恐怖があって、あまり運動のトレンドをみてこなかった方もいますが、やはり筋力をつけることによってバランスも柔軟性も出てくるのですね。

天野先生関節症が既にある患者さんでは一度リハビリ科を受診してもらい、自分の運動能力やバランス感覚などを測定してもらって、適した運動のアドバイスをしてもらうのがよいと思います。リハビリ科の先生に介入してもらえるとよいと思います。
必要に応じてレントゲン、エコー、CTやMRIも含めて関節の状態を評価してもらい、この関節・筋肉であれば当面これをやりましょうという段階が必要かもしれませんし、そういうことを定期的にする必要があるかもしれません。

やりたいスポーツがあればドクターと相談を

吉岡先生幼児期、学童期、思春期、成人期、老年期の各成長段階における遊びと運動(スポーツ)については、いかがでしょうか。

天野先生しっかりと定期補充ができていれば年齢にこだわる必要はないので、何でもチャレンジしてみてよいんじゃないかと思います。「何をしたらダメ」というスタンスではなく「何をしたい」という方向で。そのためにはどのような準備をしたらよいのかを患者さんと一緒に考えるというスタンスが大事だと思います。幼児期~小学校低学年位に何か特別にスポーツをしようということであれば、定期補充の導入を考えてあげればみんながハッピーになれるんじゃないかと思います。危険なものでなければ、授業に合わせて定期補充を行うなどのアレンジをすることで、基本的にはやってはいけないというスポーツはないように思います。

吉岡先生中学校では体育の授業に武道(剣道、柔道など)が組み込まれ、血友病患者さんにとって心配なことでもあります。参加しても大丈夫でしょうか。その際、どのようなことに気をつければよいでしょうか。

天野先生体育で行われる柔道、剣道であれば、定期補充をきっちり行っていれば十分対応可能だと思っています。部活レベルで本格的にやるとなると少し話は変わってきます。柔道の授業ではまず最初にしっかりとした受け身をやって、できるようになってから次に進むと思うので、そこをしっかりやってもらえば血友病の患者さんもむしろ受け身ができるのでよいことだと思うのです。転んだ時に受け身ができた方が外傷も防げるのではないでしょうか。剣道に関しては、最初にやる素振りとかはやってよいと思うのですが、試合が始まった時に面と小手は打たれた場所によっては腫れてしまうかもしれないので、剣道か柔道かどちらがいいかと聞かれたら、僕は柔道をお勧めしています。

吉岡先生サッカーについてはいかがでしょうか。皆さん興味がありそうですが。

天野先生サッカーは皆さん大好きですよね。流行っていますし。ぜひやりましょうと推奨するわけではないのですが、定期補充をしていれば授業でやるレベルのサッカーであればかまわないと思いますし、中学校では部活もよいのではないかと思います。本人や家族がチャレンジしたいという希望があればやってみてよいと思います。ただし、予め体調の面で難しいことが起こったら、「あきらめなければならないこともある」ということを忘れずに伝えておくことが必要だと思います。

周囲と情報共有することの大切さ

吉岡先生スポーツで出血や内出血が起こった時の対応ですが、緊急時対応の指導はどのようにしたらよいでしょうか。また、緊急時のために学校・会社に製剤を置かせてもらった方がよいでしょうか。

天野先生通常の緊急時対応はRICE(ライス)を行い、製剤を注射して患者さんの状態を確認します。そのためにも、普段からPK(薬物動態)を測定しておいて、ケガをした時、どのくらい製剤を投与すればいいかがわかるように準備しておくことが必要です。そのことがわかった上で、どれくらいを目標にして注射しようと患者本人とも話をして備えておくことも大事だと思います。

※RICE:Rest レスト=安静、ケガしたところを動かさないこと、Ice アイス=冷却、氷 で冷やすこと、Compression コンプレッション=圧迫、包帯などで圧迫すること、Elevation エレベーション=挙上、ケガしたところを心臓より高い位置に保つこと

吉岡先生本格的にスポーツをする場合、事前に主治医のところで投与している製剤のPKを調べておくということが大事なことですね。それはぜひ日本中でのコンセンサスにしていきたいですね。インヒビターを含めて薬が効かなくなるということもありますし、個人差もありますから。インヒビターのチェックも含めて年に1回~数回は測定しておきたいところです。

天野先生インヒビターのチェックは重症の患者さんでは3~4カ月に1回くらいやっています。また、指導する場合の注意点としては「それみたことか」と言ってしまうと、次からどんなことがあったのか教えてくれなくなったりしますので、何が起こったのかを共有して、じゃあこのようにしていこうという方向に持っていかないと解決につながっていかないと思います。本人に理解してもらうことが大事です。
学校や会社に製剤を置いてもらうことが可能であればその方がよいと思います。基本的には情報共有はしておいた方がよいと思います。指導者にとっても知っていただいていた方が対応しやすいでしょう。

吉岡先生学校の体育以外にスポーツクラブなどで本格的にスポーツをする患者さんもおられます。特に、野球、サッカーやラグビーについてはどう思われますか。また筋トレはいかがでしょうか。

天野先生患者さんがやりたいのであればどんどんチャレンジしていただきたいと思ってはいますが、ラグビーのようなコンタクトスポーツは血友病患者さんには避けていただいた方がいいと思います。今回のワールドカップでやりたい人が増えてしまったかもしれないと、ちょっと心配です。それから、筋トレは最近のジムにあるような機器は関節にあまり負担がかかりにくくなっているのではないでしょうか。逆に昔ながらの腕立て伏せや腹筋はあまりよくないです。事前に製剤を補充してから、ストレッチもやって、段階的に正しい負荷をかけることはよいと思います。急激な負荷は筋肉内出血につながりますのでそれは避けていただいて、ジムのインストラクターに事情を伝えた上で、どんな筋トレがよいのかを一緒に考えてもらえるとよいですね。

(2019年Vol.63冬号)
審J1912176